欲深い人間の生きかたに込められた「もう一つの罰」の意味とは?
「もう一つの罰」の意味とは
終盤、十三童子が「天の下にあるすべての事柄は、おのずと道が定められ変えることはできないのです」「人を愛するときも憎むときも、嘆くときも喜ぶときも、花が咲くときも枯れるときも。すべて定められた時があり、私たち人がどうこうすることはできないのです」と語る場面がある。 ということは、欲や願いを生む原因となる苦しみや悩みもまた、おのずと道が定められており、いま生きている己に降りかかっているのだ、ということになるのだろうか。 快楽や願いを叶えることだけを追い求め、他を顧みずに鐘を撞くことでそれを成し遂げようとする行為は、その定められた道を変えることとなるためそれ自体が罪であり、その代償が撞いた者の来世の無間地獄なのだ、というのが言伝えに込められたメッセージなのだろう。 己の欲を通そうとする時、かならず犠牲になるものが現れる。 ここに、言伝えにはない「もう一つの罰」に著者が込めたメッセージを強く感じることができた。 人の欲をためす不思議な鐘が目の前に現れたとき、あなたは撞いてしまうだろうか、撞くことを思い止まるだろうか。 待ちに待った新作を読み終えるのが惜しく、一気に二度繰り返して読んだ。 「もう一つの罰」を意識して読んだからだろうか、二度目に読んだ際、無間の鐘のイメージが覆された。これが高瀬作品の醍醐味なのだ。 (出典 小説現代2024年4月号) ---------- 高瀬乃一『無間の鐘』 修験者の扮装をして国々を好き勝手に放浪する謎の「十三童子」。 役者と見まごうこの色男は、錫杖をジャラと鳴らし銀の煙管をふかしながら、欲に塗れた人間たちを誘う。―来世で地獄に堕ちてもよいなら、この鐘を撞け、と。 ただし、撞いた者は来世に底なしの無間地獄に堕ち、子も今生で地獄に堕ちる。 撞くか撞かぬは、本人次第。人間の本性を鮮烈にあぶり出す時代小説。 高瀬 乃一(たかせ・のいち) 1973年愛知県生まれ。2020年「をりをり よみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。2022年『貸本屋おせん』で単行本デビュー。本作で第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞。5月には早くも第三弾『春のとなり』を刊行(角川春樹事務所)。 ----------
田口 幹人(書店人)