社説:米鉄鋼買収阻止 合理性欠く不当な判断
バイデン米大統領が、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を禁止する命令を出した。 理由についてバイデン氏は「安全保障にリスクをもたらす」と述べるが、甚だしく合理性を欠く。 日鉄は「違法な政治介入で、到底受け入れられない」と、命令の無効を求めて連邦裁判所に提訴した。合意に基づく企業再編を政府の恣意(しい)的な判断で阻止するのは、自由な企業・経済活動を損ね、両国関係にも禍根を残す。米国には丁寧な説明と再考を求めたい。 20世紀初めに誕生したUSスチールは、かつて世界最大の生産量を誇った。だが、中国企業が鉄鋼業界を席巻する中で、現在は世界24位に落ち込んでいる。 単独での生き残りが厳しい状況を踏まえ、老朽高炉の再生など巨額投資を示した世界4位の日鉄の買収提案を受け入れた。日鉄も国内の鋼材需要が減る中、成長市場の米国で活路を探る狙いがある。 従業員や地元自治体が買収に理解を示す一方、民主党の支持基盤の全米鉄鋼労働組合(USW)は反対を表明。買収の是非を審査した米政府機関の対米外国投資委員会(CFIUS)は結論をまとめられず、バイデン氏に一任した。 日鉄はこの間、経営陣の中枢や取締役の過半数を米国人にし、生産や雇用を国外に移さないと言明した。脱炭素化への技術供与や雇用創出のメリットを評価し、買収を支持する政府高官も多かった。 にもかかわらず、こうした提案が審査の過程で十分に検討された形跡はうかがえない。 バイデン氏の判断も、米国最大規模の労組への配慮が自身の功績になると考えた結果と伝えられる。事実なら、大局的な視野を欠いた身勝手な政治姿勢である。 さらに、開かれた経済活動や、同盟・友好国との協力関係への影響を危惧する声も少なくない。 これまで米企業と外国企業の合併・買収阻止の対象となった大半は中国企業で、同盟国である日本の企業では初めてだ。 半導体の対中輸出規制では日本に協調を求めながら、鉄鋼では排除しようとするのは筋が通らない。日本からの投資を萎縮させるリスクは免れまい。 今回の買収阻止の底流には、近く大統領に返り咲くトランプ氏の自国第一主義の影響で、米国が内向き志向を強める現状がある。 自由主義経済の強みは、内外の資金や物資を積極的に活用し、発展の原動力としてきたことを再確認したい。