映画「アバター」の山のモデルも 新旧織りなす中国湖南省の旅──写真家・倉谷清文
三国時代の証と名刺の原型
岳麓書院を後にし、長沙簡牘(かんとく)博物館に向かう。まだ紙が発明、普及していなかった頃、書写には簡(かん)と言われる竹を薄く裂いた札(竹簡)、牘(とく)と言われる木を削った札(木簡)が使用されていた。 中国では紀元前から使われていた竹簡、木簡が多く出土している。ここ長沙でも三国時代のものをはじめ多くの簡牘が出土している。三国志に出てくる武将の名が記されているものもあれば、当時の租税や戸籍、統治体制がわかるものまで幅広く収蔵されている。 木簡は日本の博物館でもよく見かけるが、細い竹板を紐で綴った巻物のような竹簡は珍しい。保存状態が良く文字がはっきり読み取ることができるものも多い。氏名に肩書と出身地を書いた木簡、いわゆる現在の名刺の原型になったものなど、あまり歴史に詳しくなくても興味深く見て回ることができる。 古代の武将や役人、人々の生活がこれほど詳しくわかるのは、書に関して長けていた中国ならではかもしれない。当時、公文書を記録する者は重要な役職であったという。それ故その記録が残ることを怖れた役人から命を狙われることもあったそうだ。 20世紀後半から特に多く出土した簡牘は、都市開発が進む工事現場からのものが多いという。新しい商業施設、マンションの建設が進む一方、思いも寄らないところで古代史の証が発見されている。1996年度の中国の十大考古新発見にもなった三国時代の簡牘の出土は、日本企業と湖南省の合弁会社による商業ビル建設の工事現場からである。 館内を巡りつつ、なにか数百年の時を経て託されたタイムカプセルを開けてみたかのように思えてきた。
観光誘致に突如現れた古代の町
長沙市街から北西に20kmほど、湘江の河川近くに築かれた銅官窯古鎮は2018年8月にオープンした国際文化観光スポットである。1200年余りの歴史を持つ長沙銅官窯遺跡は陶磁器文化が根差した地で、110万平方メートルの広大な敷地に再現された唐王朝時代の町には、8つの博物館、3つの高級ホテルのほか、民宿旅館、文化的アトラクションなどが含まれている。投資額100億元(約1690億円)を超える湖南省初の文化観光プロジェクトである。 レストランやショップが並ぶ通りはまだテナントが埋まっておらず、小雨交じりの平日ということもあり人通りもまばらだった。ピカピカの古代都市というアンバランスさに少し戸惑いを覚えるが、観光や娯楽にとどまらず、陶磁器や刺繍を展示する博物館のような文化施設から居住区に至る巨大タウンを一気に築き上げてしまう中国の勢いには驚いてしまう。 唐風建築の博物館が立ち並ぶエリアを回ると、少し今までと違う印象を受けた。海外のテーマパークを真似たと揶揄されたものではなく、しっかり歴史と文化を伝えたいという思いが感じられた。