20代で別れた男女の「51年9カ月と4日後」の物語とは…ガルシア=マルケス『コレラ時代の愛』原作と映画を比較解説!(レビュー)
見習郵便局員の貧しい青年フロレンティーノは、電報を配達した裕福な家の美少女フェルミーナに恋する。彼は永遠の愛と貞節を誓うが、二人は引き裂かれ、数年後に彼女は町の名士と結婚してしまう。彼女は72歳の時に夫に先立たれ、葬儀の日の夜、76歳になったフロレンティーノは彼女の元を訪れて告げる。「わたしはこの時が来るのを待っていた。もう一度永遠の貞節と変わることのない愛を誓いたいと思っている」。二人が別れてから51年9カ月と4日が経っていた……。 19世紀末から20世紀初頭にかけての南米コロンビア、カリブ海に面したカルタヘナが舞台の現実離れしたメルヘンのような物語だが、ガルシア=マルケスの手にかかると二人の生きた時代と社会が生き生きと鮮やかに立ち現れる。ムッとする熱帯の空気と色鮮やかな鳥や植物、ホコリ舞う道路、内戦の砲撃やコレラによる多くの死者、不衛生な町。男も女も庶民も金持ちも、そんな時代をたくましく生きている。沢山の登場人物の誰もが個性的で人間くさくて、時おり間抜けな言動や失敗をやらかして、読者は驚いたり笑ったり。50年以上にわたる壮大な愛の物語であると同時に、この小説は見事な人間賛歌なのだ。 フロレンティーノ・アリーサはいつも黒い服を着て年齢よりも年上にみられる。詩の才能があるが、仕事の書類まで愛の詩のようになってしまう。ヴァイオリンも上手い。慢性便秘で毎日浣腸が必要。中年になった時に、歯がなければ虫歯にならないと歯医者に言われて総入れ歯に。フェルミーナと再会し結ばれるまでは貞節を守ると自らに誓うが、性的関係を結んだ女性は人妻や未亡人から14歳の少女まで622人! こんなユニークで愛すべき人物が主人公の恋愛小説、読みたくなりませんか? 映画化は’07年。フロレンティーノ役はハビエル・バルデム(二人の出会い当時は若い俳優が演じた)。実際には30代後半だったバルデムの老人の演技は見物だ。文芸作品の難役から娯楽大作の凄みのある悪役までどんな役でも完璧に演じるバルデムだが、この映画の彼はとても切なそうで可愛らしい。凄い俳優だ。 [レビュアー]吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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