広島じゃけん《お好み焼き》(2)焼け野原屋台が原点 “広島焼き”誕生物語
昭和40年に広島市の条例によって市内中央部にひしめいていた屋台は立ち退きになり、店舗型営業の時代になる。その時も彼が中心になり、躊躇する仲間を説得して、それまでの屋台からいきなり、広島駅ビルの中に出店。店はすぐに「キャベツを切るのが間に合わない程」の人気店になり、駅にあることで瞬く間に全国へ、“広島風お好み焼き”を知らしめる事にもなった。 井畝満夫氏“みっちゃん”と仲間達の功績は勿論大きいが、広島県内、とりわけ市内においては「お好み焼き屋」は一つの街に複数は必ずある、と言っても良いほど存在し、それぞれの町民に愛されている。南区東雲町のように数分歩けば別の店があるような、数十店舗のお好み焼き屋で賑わう街もあり、またツワモノ(?)は自分の家でも“お好み”を焼く。 戦後から60年以上にわたって愛され続けるお好み焼きは、それぞれの店ごとに特徴があり、使う材料や焼き方など、今もバラエティーに富んだ進化を続けている。 写真・文責 友廣義明