おおたとしまさ『ルポ 無料塾 「教育格差」議論の死角』(集英社新書)を高瀬志帆さんが読む 恵まれない子どもを「救う」という傲慢さは根底から吹き飛ばされる(レビュー)
恵まれない子どもを「救う」という傲慢さは根底から吹き飛ばされる
「無料塾」。塾に行けない事情のある子どもたちを、志のある大人たちが手弁当で教えている。そんな活動を知ったのは、10年ほど前だったと思う。 私自身も母子家庭、おそらく貧困家庭の部類に属する環境で育ったため、この「塾」(と呼ばれる場所)のニュースが気になり、自分なりに調べ、『二月の勝者』という作品で取り上げた。 実際に取材したいと思った際に全くつてがなく、無料塾に詳しいおおた先生に取材先をご紹介して頂いた。この『ルポ 無料塾』の作中に出てくる、中野よもぎ塾である。その時に取材した手触りが、そのままこの「第一部 実話編」で鮮やかに再現されている。 当然、取材対象者本人にはなれないし、現場に赴いたわけでもない。しかし著書の冒頭でこの「当事者の主観」の物語があるからこそ、「無料塾」の世界を高解像度で読者に体感させることに成功していて、その後の「第二部 実例編」の取材ルポルタージュ部分も自然に地続きの世界観として読み進めることができた。 しかしこの本は、そこでささやかに発生する「自分もこの社会問題になにかできたら」といった傲慢(ごうまん)な気持ちを見透かすかのごとく、もう一歩、二歩……どころでなく、はるか先の視点・考え方を、第三部の「考察編」で提示する。 それは、おそらく「無料塾」という言葉を聞いて、まず最初に頭に浮かぶであろう「恵まれない子どもを救う美しい慈善事業」という考えを、根底から吹き飛ばすほどの衝撃を与える。 この、決して子どもにとって優しいと言い切れない現代社会において変えなければならないのは、他でもない、我々大人の「自分自身」なのだ、という衝撃の事実に気づかされるのである。 上記(「恵まれない~」)の言葉が浮かんでこの本を取ったのなら、180度考えが変わるはず。そういう人にこそ、この本を読んで欲しいと願う。 「無料塾」の世界は、「どこか」にいる「誰か」の話ではなく、読者自身も含む「つながった世界」だ、と気づくところから、まずは始めたい。我々が自分自身の内面を疑い、自分自身を変える、もしくは変えない部分、を直視することから、世の中は変わるのかもしれない。 高瀬志帆 たかせ・しほ●漫画家 [レビュアー]高瀬志帆(漫画家) 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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