<南アフリカ>写真の対価 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
世界で最も多いHIV感染者を抱え続ける南アフリカ。現在もおよそ6百万人が感染し、毎年20万人以上がエイズ関連の病で命を落としているといわれる。 東部ナタール州の農村部、泥でつくられた質素な農家の狭い部屋の片隅に、一人のエイズ女性患者が横たわっていた。 「卵が食べたい」 写真を撮っていると、彼女が呟いた。被写体になる代償を、ということなのだろう。彼女のために何もできない僕は、撮影後近くのマーケットから卵を2ダース程買ってきて彼女に渡した。喜んだ彼女は、今度はこう言ってきた。 「もっと私の写真をとってもいいわよ。でも今度はパンが欲しい…」 僕は一瞬戸惑ったが、時間のなかった僕は、ポケットから10ランド札をとりだして彼女に渡した。パンの3ローフは十分に買える金額だ。両手をだして有り難そうに一枚の紙幣を受け取った彼女の、心底嬉しそうな表情をみて、僕は複雑な思いにかられた。10ランドといえばわずか100円ほど。もともと貧しい農村部での生活に加え、不治の病に犯され働くことのできなくなった彼女にとって、やせ細った体をカメラの前にさらけ出して対価を得るしか、生き延びる手立てもなくなったのか。しかしそんな彼女の命ももう長くはない。同行させてもらった看護婦が言った。 「毎週のように患者の誰かが死んでいく。きりがないし、もう悲しいなどという気持ちもなくなってしまった...。」 (2002年2月)