「小説と映像、溶け合う境界」新庄 耕×ピエール瀧 『地面師たち アノニマス』刊行記念対談
地面師詐欺はもちろん犯罪なんだけれどもやっていることは悪だくみを超えたものになっている
新庄 豊川さんは独特の雰囲気をお持ちですよね。 瀧 独特ですねぇ。 新庄 東宝スタジオへ見学に行った時、本番の撮影が終わって「はいカット」となったら、他のみなさんはパッと切り替えて休憩室に移動するのに、豊川さんはスタジオの端っこにある高いスツールに腰掛けてずっと佇 ( たたずんでいる。待機中ですらハリソン山中だった。 瀧 完全にはスイッチを切らないんです。常にアイドリング状態で待機してらっしゃる感じでした。 新庄 拓海 ( たくみ役の綾野剛 ( あやのごうさんもものすごい気合いの入り方で、びっくりしました。 瀧 僕みたいな人間は、大根さんがOKと言えばOKでしょうという感じなんですが、彼は責任感を持って臨んでいた印象ですね。拓海のキャラを掘り下げて、いろいろな演技のパターンを試していらっしゃいました。 新庄 『地面師たち』を書こうと思った時に、主人公をどうしようかというのが一番最初の大きな問題だったんです。根っからの反社っぽい人間だと、あまり書く気がしない。もともと表の光の世界にいた人が、何らかの事件があって堕 ( おちてきて、今は地面師をやっているという話だったら書いてみたいなと思ったんです。そういう人間が、信頼できると思える、あるいはこいつだったら手下になってもいいという親分を作りたいなと試行錯誤していったら、ハリソン山中が生まれたんです。 瀧 地面師グループは、「必殺仕事人」シリーズみたいな昔の時代劇の人物配置とちょっと似ていますよね。後藤は同心だけど、実は裏で悪いことをしている。麗子は街へ繰り出して、変身したりしながら情報を引っ張ってくる。竹下はニヒルな瓦版屋みたいな感じで、裏でいろいろやっていて……と。 新庄 『七人の侍』もそうですよね。拓海とハリソン山中のキャラが決まった後、後藤、竹下、麗子は何の迷いもなく、すぐに出てきたんですよ。自分が見てきた作品からの影響があったのかなと思います。 瀧 やっぱり、ハリソンがでかいですよね。ハリソンという絶対的な存在が真ん中にいるから、周りは個性がわちゃわちゃしていても、チーム全体の統一感が出る。油が引いてある、と言ったらヘンですかね。ハリソンという油が引いてあるから、僕らが鉄板にのった時に、ちゃんとジューッピチピチッと跳ねられるのかなと思います。 新庄 高倉健 ( たかくらけんさんの任侠 ( にんきょう映画を観ると、映画館を出た後にみんなが健さんのマネをして、肩で風を切って歩いていたっていうじゃないですか。最近もやくざ系の映画とかドラマはありますが、キャラクターに憧れたって感想はあまり聞かないなと思うんです。「地面師たち」は、憧れるって声をよく聞くんですよ。大企業を騙し抜くというゴール設定が、多くの人の心に引っかかったのかなと思ったりしました。 瀧 ハリソンが企 ( たくらんでいることって、単なるお金儲 ( かねもうけとは言い難い。構えがでかいというか、道徳であったり社会システムそのものを破壊しにいっている感じがありますよね。ハリソン自体は純粋な悪だし、地面師詐欺そのものはもちろん犯罪なんですけれども、やっていることは悪だくみを超えたものになっている。鮮やかさも含めてでしょうけど、そこに憧れるのかもしれませんね。