『フェルマーの料理』受け継がれた“料理”への壮大な夢 レストランKに訪れた最悪の展開
親から子へ、子から孫へと受け継がれていくものがあるように、師から弟子へ、そしてまたさらにその弟子へと受け継がれていく技術がある。しかし、ここで託されるのは単なるノウハウだけではない。長い歴史とともに培ってきた情熱、そしてときには大きな夢までも、世代を超えて生き続けることができる。『フェルマーの料理』(TBS系)第9話で描かれたのは、渋谷(仲村トオル)から海(志尊淳)へ、海から岳(高橋文哉)へと受け継がれた“料理”への壮大な夢だった。 【写真】海(志尊淳)に語りかける岳(高橋文哉) 時の流れは早いもので、岳が海から店を引き継いで1年が経過していた。岳は料理の真理に近づくため一切の妥協を許さないシェフになり、蘭菜(小芝風花)たち仲間は心身ともに疲弊していた。「見えない、調和が取れていない。岳の指示は、日を追うごとにどんどん感覚的になっていった」というモノローグに、岳の天才ならではの感覚で物事を捉える姿勢が悪い方に作用していく様子が伝わってくる。 店を受け継いで初めてのミシュランで星一つをとったことで、岳は海から受け継いだものを壊した感覚から、料理に対してもメンバーに対しても、どんどんと厳しくなっていくのだった。序盤から見えていた最悪の未来だと分かりつつも、料理で仲間を救ってきた岳を思うと、この展開はなかなかに辛いものがある。 ある日、ナッツアレルギーの客が来店し、急きょメインの料理を変更することに。しかし、岳はアレルギーの客だけでなくすべての客のメインを変更すると言い、完璧なフルコースにするために前菜やスープ、魚料理までも1から考え直すと言い出す。「この先に、もっと何かある……」と取り憑かれたように言葉をこぼす岳に「一緒に考えよう」と説明を求める布袋。岳はそんな布袋の優しさすらも「だって皆さんには、見えないんでしょ?」と突き放してしまう。 蘭菜や孫六(板垣李光人)たちの冷ややかな視線が交わる中、「みんな、付き合わせて悪かった。もう終わりにしよう」という布袋(細田善彦)の言葉を皮切りに、次々と厨房を出ていくメンバーたち。客すらいなくなった店内で立ち尽くす岳は、仲間も店の信頼も失ってしまう。しかし、ここで少し意外だったのは「僕はただ強い人間になって、みんなを守りたかっただけなのに」という岳の言葉だ。てっきり、岳は道標となる海を失ったことで芯から人が変わってしまったのかと思いきや、そうではなかった。 そんな岳の独白を聞いていた寧々(宮澤エマ)すらも「岳君に希望を託したんです。でも現実は望んだ未来にはならなかった」と言葉を残して店を去り、ついに本当に1人になってしまった岳。もはや誰も助けてくれないのではと思ったその時、彼に手を差し伸べたのは魚見(白石聖)と岳の父・勲(宇梶剛士)だった。思えば、ここまでどんな状況でもこの2人はずっと岳の心の支えだった。「北田はあたしの“ヒーロー”だ」「とっくに強かったんだよ。誰にもなる必要はない」という2人からの温かい優しさは、岳の心をゆっくりと溶かしていく。 ここで、海が岳に伝え続けてきた「わかるように話せ」という言葉が、伏線めいた響きを帯びてくる。これはあくまで筆者の考察の域を出ないが、岳は魚見と父には“わかりやすく”話ができる。それは2人が料理人ではないからこそではあるが、わかりやすく話すことが世界と岳を繋ぐ手段だったことを、海は早い段階で見抜いていたのではないか。料理人としての孤高と、本物の孤独は全くの別物だ。岳が孤独ではなく、孤高であるためには、“わかりやすく”話すことが必要であると、海はわかっていたのかもしれない。 海の居場所を探すべく、岳は渋谷の元を訪れる。渋谷は料理人としての海を終わらせたのは、岳だと話す。そして渋谷の案内によって、海がいた場所が畑であることが明らかになるのだが……。渋谷の言葉を借りれば、「料理を岳に受け継いだ」海が、これから最高の食材となる新しい命を育てているのも納得がいく。レストランKを作った理由を「託すためなんだ」と語る海の料理への想いが、畑という場所そのものに預けられているようにも思えた。 「岳、俺はお前が羨ましかった。本当の主人公はお前だった。俺の方が脇役だった」 諦めたように言葉を紡ぐ海に、「海さんは1人じゃない。味覚がなくても、僕たちは感覚で通じ合えます」「2人でいれば、完璧になれます。海さんの物語は、僕が終わらせない」と岳は強く言い放つ。厨房に向かうラストシーンでは、初心に戻るという意味合いからか、白のコックコートを身に纏った岳の姿も印象的だった。 しかし今回のエピソードで、岳が失ったものの大きさは計り知れない。「もう2度と、この店で岳に料理はさせられない」と岳の目の前に立ちはだかった蘭菜。その瞳の奥は、深い悲しみに揺れているようにも見えた。海を厨房に呼び戻した岳は、自分が“見えなくなったもの”を再び取り戻すことができるのだろうか。
すなくじら