「いっそ2人であの世に行こうか」妻の介護を40年続けた夫は、最後に海に突き落とした 周囲にサポートを求めず、なぜ1人で背負い込んだのか
2022年11月2日夕、神奈川県大磯町の大磯港。日が沈み暗くなりかけた岸壁に、車いすを押した年配の男が立っていた。周囲の人通りが少なくなった時、男は後ろから、乗っていた女性を車いすごと海に突き落とした。女性は当時79歳。脳梗塞で半身不随だった。突き落としたのは夫だ。およそ40年の間、ほぼ1人で妻の介護をした末に殺害した。警察には「介護に疲れた」と供述したが、その後の裁判を見ていくと、疑問が浮かんでくる。介護は夫だけで背負う必要がなく、周囲は負担を減らすサポートをし、妻が施設に入る見通しも立っていた。それなのになぜ、悲惨な結末となったのか。(共同通信=團奏帆) 介護職で年収1千万円超、世の中にはびこる「やりがい搾取」に反旗翻す株式会社「土屋」
▽妻が突然発症、自分を責める夫 横浜地裁小田原支部で開かれた公判の内容によると、男は1967年、知り合った秋子さん=仮名=と結婚した。「明るく社交的で、いい女」だったところに惹かれたという。勤務先はスーパーマーケットのチェーン。出張続きで忙しかったが、息子2人に恵まれ、充実した日々を送っていた。 ところが1982年、秋子さんは脳梗塞で倒れる。左半身不随となり、1人では生活できなくなった。医師から「前兆があったはず」と言われた男は、家庭を顧みずに仕事ばかりしていた自分を責め、ある決意を固めた。 「体が続く限り、一人で面倒を見て介護する」 当初は秋子さんの母親や家政婦も介護を担い、男は仕事と介護、家事に取り組んだ。ただ、長くは続けられず、約5年後に会社を退職。コンビニエンスストアの経営などもしたが、2007年に自己破産した。 その後、年金をためて秋子さんの通院先に近い、大磯町内の団地にある一室を購入した。賃貸にせず購入したのは、室内に手すりを付けるなど、秋子さんが生活しやすくするためだ。「自分が先に死んでも、秋子が施設で暮らせるように」と、貯金もしていた。
秋子さんは自宅で浴槽につかれない。このため、特殊な設備のある温泉施設へも定期的に連れて行った。公判でその時のことを問われた男は「(妻は)大変な喜びようでした」と振り返っている。 ▽衰える体力、妻を抱き起こすこともできず 夫婦2人の生活に異変が生じたのは、2022年に入ってからだ。 「(妻の)体力が衰え、私も老いが出てきた」 この年の6月には、秋子さんは自力でベッドから車椅子に移動したり、車椅子からトイレに移動したりすることができなくなった。妻は自分より背が高く、さらに障害の影響でふっくらしたため、移動介助は骨が折れた。 気付けば既に80代。介護負担が増すなか、いやでも自らの老いを意識した。秋子さんが自宅で車椅子ごと転んだ際は、ついに抱き起こすことができず、近所に頼った。 それでも、男は妻をできるだけ1人で支えようとし続けた。デイサービスへの送迎も自分でこなし続けた。あくまで自力での介護にこだわり続けた理由は、義務感や責任感だけではなさそうだ。2020年9月、熱中症で倒れた際に秋子さんを一時的に施設に預けたが、1人になった男はこう感じたことも明かしている。