首長「正確な情報ないと適切な対策できない」、専門家「行政は、できないことはできないと言うべきだ」:放置された浄水場の耐震強度不足(4)
インフラの更新は全国的な課題
「東京都に限らず、浄水場のように機能を止めるわけにいかない施設の耐震化工事や更新は、なかなか進んでいないのが現状です。住民に工事の間の断水をお願いするのは容易なことではありませんし、かといって、工事の間のバックアップとなる施設をそのためだけに建設するか、あるいは別に新たな施設をつくるかというと、そのような予算も場所もない。止められない施設の更新をどうするかは、今後、全国的に考えなければいけない大きな課題です」 東京の水道システムは1923年の関東大震災の時に壊滅的な被害を受けている。そこからの復興を経て、1960年代の高度成長期には人口の拡大に合わせて大幅な拡張が行われた。それから50~60年がたって施設の老朽化が進み、耐震基準もこの間に厳格化された。こうした事情で、そもそも施設を更新すべき時期が訪れているのだ。 東京以外の道府県でも高度成長期に整備された水道施設は多く、似たような課題に直面しているという。 「高度成長の時代に急速に整備した水道インフラの更新は、日本が世界で初めて直面する課題です。現在急速に経済発展しているアジアやアフリカの多くの国は、50年ほど後に同じ問題に向き合うことになりますから、日本が今、先行してノウハウを確立して関連特許を取得するなどしておけば、今後、これらの国々に対する技術輸出なども可能になるはずです」(平山准教授) しかし、現状では工事の難しさを理由に、耐震化工事は遅々として進んでいない。都水道局も私たちの取材に対して工事に伴う断水や予算的な制約がハードルになっていることを認めた。しかし、対策が間に合わなかった場合のダメージの大きさを考えたら、そうしたハードルを乗り越えてでも工事を前倒しできないものなのか。こう問いかけると、平山准教授はこのように答えた。
防災投資のコンセンサスができていない
「本来はそうあるべきなのですが、経済的な効率が優先される今の日本社会を考えると、将来の投資として災害対策にもきちんとお金を使うというコンセンサスができていないように思います。蛇口をひねれば水が出てくるのが当たり前になりすぎて、そういった水道文明を自分たちで支えていく水道文化が根付いていない。結局、一人ひとりの意識が変わらないと難しいのではないでしょうか」 平山准教授によれば、例えば東京都では、20立方メートルの水をつくるのに、およそ3900円のコストがかかるという。これに対して、家庭で月20立方メートルを使った時の水道料金は通常、月3000円以下。大半の都民は原価以下の料金で水を使い、その差額は、水を多く使うほど割高になる料金体系で、企業などの大口顧客に支えてもらう形で水道事業は維持されているという。 水道料金を値上げしてでも、耐震化工事を進めるべきなのか──合意形成は簡単ではないだろう。しかし、だからこそ、都民とのコミュニケーションが重要だと平山准教授は指摘する。 「水インフラを維持することの大切さや水道料金の意味などについての行政からの情報発信は、まだまだ不十分だと感じます。災害時の想定についても、例えば災害発生後に地中の管路(水道管)の状態を調べるのに、水道局員のマンパワーを考えたら、東京都で技術職員1人あたり約14キロメートル分を見なければいけない計算になります。短期間では到底無理ですし、水道局員も被災者になるわけですから、実際には被害状況の把握すらままならないでしょう。浄水場も被害を受けて停止すれば、復旧は容易ではない。『できないことはできない』とはっきり伝えて、都民に水の備蓄を促すことも考えなければいけないと思います」 都水道局の担当者は、「2カ所以上の主要な浄水場が停止したら、給水は維持できるのか」という私たちの質問に対して「可能な限り給水を確保していく」と繰り返し、「できない」とは決して言わなかった。もっと率直に「できること」と「できないこと」についてコミュニケーションをとったほうが、建設的な議論が進み、住民の覚悟や備えもできるのではないだろうか。 「広範囲で断水が発生した能登半島地震は、管路と浄水施設の両方が被害を受けた初めての災害でした。これを契機に、管路と浄水施設が機能停止した場合の想定についても、しっかり考えていかなければなりません」(平山准教授)