「信頼される運転士」目指して 熊本市電、20代新人2人デビュー
100年の節目を迎えた熊本市電で今秋、20代の若者2人が新人運転士として独り立ちした。柴田温香さん(25)と松下源さん(26)。運転士が不足し、運行トラブルが相次ぐ逆風下の船出となったが、「信頼される運転士」を目指して毎日の安全運行を積み重ねている。 「発車します」。11月中旬、市街地の電停に止まった2両編成の車両。ドアが閉まったことを確認すると、柴田さんは運行レバーを握った。乗客の問いかけにもてきぱきと応じ、1時間余りの乗務を終えると額に汗がにじんでいた。 「今は必死の毎日。ありがとう、と声をかけてもらうのがやりがいです」 熊本市内の高校への通学で利用していた市電の運転士の仕事に「格好いい」と憧れた。専門学校を卒業後、関西の私鉄で駅員や車掌として約4年勤務。熊本に帰省した昨秋、久しぶりに乗った市電でかつての記憶がよみがえった。 「人生1回限りだし、チャレンジしたい」と市交通局の門をたたき、2月に採用。運行に必要な知識と技能を学び、1回目の挑戦で運転士の免許を取得した。先輩が同乗する教習を経て、10月にデビューした。
運転士不足が続く市電。退職や病気による休職などで今年6月には運行本数の大幅な削減を余儀なくされた。こうした背景から市交通局は昨年10月から年2回の定期採用を随時募集に変更。柴田さんは、随時募集で採用された初めての運転士だ。 市電では、事故につながりかねない「重大インシデント」を含むトラブルが今年に入って14件発生した。柴田さんも乗務中、軌道を横切る車にヒヤリとした経験がある。事故と隣り合わせの緊張を迫られる現場だ。 それでも、市民の日常を支える仕事に喜びを感じるという。「これからも利用していただくため、また乗りたいと思ってもらえる運転士になりたい」 松下さんは鹿児島市出身。子どもの頃からバスや電車が好きで、自ら運転する夢を描いていた。大学卒業後は鹿児島県職員になったが、夢を諦めきれず、1年で退職。昨年4月、熊本市交通局に入った。 新規採用の職員が1人で営業運転をするには、入局から少なくとも8カ月はかかる。松下さんは免許取得試験で一度不合格となったが、車掌として勤務しながら今年3月の再受験で合格。市交通局の見極め試験もパスし、柴田さんと同じ10月に独り立ちした。
運転士は乗務中、多くのことに気を配る。お年寄りが立っていないか、右折待ちの車はいないか、ダイヤは遅れていないか-。車両は製造時期で操作方法が異なり、それぞれに合った運転技術も求められる。松下さんは「運転士になった喜びを感じる暇がない」と苦笑する。 2人のデビューから間もなく2カ月。運行管理課の荒木敏雄課長は「教習で学んだことを大事にして、初心を忘れず安全運行に取り組んでほしい」とエールを送る。安全が強く求められる市民の足。松下さんは「市電がニュースにならないような、当たり前の運行を続けたい」と力を込めた。(臼杵大介)