セブン&アイ「9兆円MBO案に潜む“危険な賭け”」。非上場で外資による買収は回避できるけど
クシュタールによる買収で格下げの可能性が浮上
社債市場の混乱の要因のひとつとして、クシュタールによる買収成立時の信用格付けの低下が挙げられる。クシュタールは現在、米格付け機関S&Pグローバル・レーティングで「トリプルBプラス」という評価を受けており、セブン&アイの「シングルA」を2段階下回る水準だ。同様に、ムーディーズ・レーティングでもセブン&アイの評価が2ランク高い。 仮に買収が成立すれば、買収されるセブン&アイの信用格付けが買収側であるクシュタールに引き下げられる可能性が高い。たとえ買収が成立しなかったとしても、株主からの圧力で成長投資や株主還元に多額の資金を投じる必要が生じ、財務健全性へのリスクは依然残る。 こうした状況を受け、セブン&アイの創業家である伊藤家が提案したMBO案も注目されている。同案では、伊藤家と伊藤忠商事からの出資3兆円、さらに国内メガバンクからの6兆円融資によって、9兆円規模の買収資金を調達するとされている。しかし、この巨額の借り入れはセブン&アイの財務を大きく圧迫する可能性が高い。こうした状況が現実となれば、既発債の返済順位が後回しになる懸念が生じるため、社債市場では「非常にネガティブ」との見解が相次いでいる。
非公開化のリスクと日本企業の未来
さらに、MBOによる非公開化が実現した場合、情報開示の質が低下する懸念も指摘されている。非上場企業では決算説明会の開催義務や四半期ごとの詳細な開示が求められなくなるため、投資家が信用力を判断する材料が不足する可能性がある。 一部では、既存社債投資家の保護策として「チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項」を求める声もある。これは親会社が変更された際に投資家が早期償還を請求できる仕組みだが、現状ではセブン&アイにそのような条項は設定されていない。こうした対応策の欠如が、社債市場の不安を増幅させている。 セブン&アイを巡る一連の動きは、社債市場と株主価値の間にあるジレンマを浮き彫りにしている。株主からの圧力で企業価値向上が求められる一方で、社債市場では財務体質の悪化を懸念する声が高まっている。仮にクシュタールの買収案もMBO案も成立しなかった場合でも、こうした圧力は同社に対し今後も続くとみられている。 今回のセブン&アイを巡る動きは、単なる一企業の問題にとどまらず、日本企業の経営戦略や外資に対する対応を問う試金石とも言える。外資による買収を排除するだけでなく、いかにして持続可能な成長戦略を描いていくのか。その答えは、セブン&アイの今後の判断にかかっている。 果たして、セブン&アイは非上場化という選択をするのか、それとも外資との協調路線を選ぶのか。その行方を見守りたい。 <TEXT/鈴木林太郎> 【鈴木林太郎】 金融ライター、個人投資家。資産運用とアーティスト作品の収集がライフワーク。どちらも長期投資を前提に、成長していく過程を眺めるのがモットー。 米国株投資がメインなので、主に米国経済や米国企業の最新情報のお届けを心掛けています。Webメディアを中心に米国株にまつわる記事の執筆多数 X(旧ツイッター):@usjp_economist
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