30周年で新作一挙発表のアクアプラス 隆盛するノベル/ADV分野は“二極化”が進んでいくのか
アクアプラスは11月9日と10日、設立30周年を記念するイベント『大アクアプラス祭 -30th Anniversary-』を開催した。このなかで同社は、看板ともなっている人気シリーズの最新作『うたわれるもの 白への道標』や、新規のRPGプロジェクト『project kizuna』のほか、2015年に制作が打ち切りとなっていたビジュアルノベル『ジャスミン』の開発再開、『ToHeart』リメイク版の発売時期などを発表。アニバーサリーイベントに相応しい、最新情報が目白押しの2日間となった。 【画像】リメイク版『ToHeart』のビジュアルも! アクアプラス最新作のティザー画像一覧 一時期に比べると、近年はやや勢いが鈍化していたように見えた同社の活動。ここに来ての新作ラッシュには、そうした停滞を払拭する意気込みのようなものを感じさせられた。本稿では、ビジュアルノベルの分野における老舗メーカー・アクアプラスのこれまでを踏まえつつ、ジャンル全体の動向を考えていく。発表された数々の新作によって、アクアプラスは往年の輝きを取り戻せるだろうか。 ■日本を代表するノベル/ADVの老舗メーカー・アクアプラス アクアプラスは、大阪府大阪市に本社を構える日本のゲーム企業だ。特にビジュアルノベルやそこから派生した複合ジャンルでのゲーム制作に定評がある。代表的な作品は、「ToHeart」や「うたわれるもの」「WHITE ALBUM」「ダンジョントラベラーズ」といったシリーズなど。それぞれがアニメーションタッチの美しいCGビジュアルなどから、コアなファンに支持されている。 設立は1994年。当初はゲームと音楽の制作会社である『有限会社ユーオフィス』名義で企業活動を行っていた。いくつかのタイトルをPCプラットフォームで発表したのち、1996年に株式会社化。その翌年の1997年に、社名を現在のものへと変更している。看板タイトルのひとつでもある『ToHeart』は1999年に発売となった作品。アクアプラスにとってはじめての家庭用ゲーム機でのタイトルが出世作となり、ビジュアルノベルの界隈では広く知られるメーカーとなった。人気シリーズ/作品のいくつかは、アニメ化など、メディアミックスも果たしている。 しかしながら、ここ数年は一時期と比較し、活動が停滞。人気作品へと成長した「うたわれるもの」シリーズの続編やそのスピンオフなどを中心とした限定的な制作が続いていた。新たな発表が目白押しとなった今回のイベント。同社の作品を愛好するファンにとっては、これ以上ないサプライズとなったに違いない。 ■紆余曲折あったアクアプラスの30年。ここ10年ほどで2度のM&Aを経験 設立以来、長く独立した企業として歩みを進めてきたアクアプラスだが、この10年ほどで2度のM&Aを経験している。一度目は2013年10月。コミックとらのあななどを傘下に持つユメノソラホールディングスに全株式を譲渡し、資本業務提携を行った。 当時、代表取締役社長を務めていた下川直哉氏(現COO兼エグゼクティブプロデューサー)はこの合併の目的について、「(グループの中核企業である)株式会社虎の穴が提供する流通小売網を活用した販路の拡大」「グループで企画・製作を担うツクルノモリ株式会社を通じてコンテンツの商品化・サービス化を推進することによる、自社クリエイターの活躍機会の創出」「企画・製造から販売に至るまでを一気通貫で展開すること」などと説明。その内容には、ゲーム制作やグッズ展開などの活発化が期待された。 この時代には、「うたわれるもの」シリーズや「ダンジョントラベラーズ」シリーズから複数の続編とスピンオフが発売されている。その一方で、2011年に発表されていた新作ビジュアルノベル『ジャスミン』は、2015年に制作が打ち切りとなっていた。既存の人気シリーズこそいくつかのタイトルが発売となったが、いちプレイヤーの目線では、合併の効果を強く実感するには至らなかったというのが実際のところではないだろうか。 二度目は、ユメノソラホールディングスへの合流から約9年後の2022年12月。すべての株式がポールトゥウィンホールディングスに名を連ねる株式会社CREST(現在の株式会社HIKE)に譲渡され、同グループの完全子会社となった。CRESTは当時、株式の取得理由について、「企画開発力に長け、豊富なIPを保有するアクアプラスをグループに加えることで、ゲーム事業の拡大及びIPの360°展開の拡大をグローバルで目指す」と説明した。30周年を機に発表された数々の新作タイトル/プロジェクトは、そうした取り組みの一環ということになる。 ポールトゥウィンホールディングスへの合流以降、現在までのあいだに、アクアプラスから新作タイトルは発売されていない。この間、2023年と2024年には「ダンジョントラベラーズ」3作品と『WHITE ALBUM -綴られる冬の想い出-』がPCプラットフォームへと移植されている。これらが獲得した売上や再評価の声もまた、発表された新規タイトル/プロジェクトの制作には追い風として作用したのかもしれない。 ■ノベル/ADVの分野では、小規模制作とAAAの二極化が顕著に? このように紆余曲折がありながらも、30周年の大きな節目へとたどり着いたアクアプラス。同社が真骨頂としているノベル/アドベンチャーの分野は近年、インディーメーカーの台頭などから盛り上がりを見せつつある。同ジャンルのタイトルはほかと比較し、低予算で一定のクオリティに達しやすい傾向がある。高精細な3Dグラフィックを必要とせず、シナリオやビジュアル、音楽といったゲームの根源的要素を主成分とするためだ。近年では、小規模制作から誕生したと考えられる少なくない作品が、界隈で高評価を獲得している。 2023年3月発売の『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』や、2023年11月発売の『ヒラヒラヒヒル』、2024年1月発売の『未解決事件は終わらせないといけないから』、2024年4月発売の『飢えた子羊』などはその一例。直近では、KAMITSUBAKI STUDIOによって制作/発売された『ムーンレスムーン』も一部で好評を博している。 アクアプラスは設立当初、これらに近しい規模感でゲーム制作を行っていたと考えられる。その観点に立つと、同社が体制の強化、販路の拡大などを求めてM&Aを繰り返している状況は、業界のトレンドと対象的な動きということになる。いくら低予算で一定のクオリティに達しやすいノベル/アドベンチャーのゲーム制作であっても、より高みを目指すためには他のジャンル同様、一定の予算が必要となるのだろう。それらを回収するためには、より多くのターゲットにリーチする必要がある。こうした事情から、アクアプラスはメーカーとしてのあり方を模索してきたのではないだろうか。 実は、ノベル/アドベンチャーの分野において、アクアプラスのような例は少なくない。「科学アドベンチャー」シリーズで知られる5pb.(現MAGES.)もまた、KADOKAWAグループに合併(2010年)、再びの独立(2019年)を経たのち、現在はモバイルゲーム『白猫プロジェクト』などを手掛ける株式会社コロプラの完全子会社として、ゲーム制作を続けている。『Kanon』や『AIR』『CLANNAD』などの作品でアクアプラスとともに草創期を牽引したゲームブランド『Key』の株式会社ビジュアルアーツもまた、2023年7月に中国のテンセント・ホールディングスへ全株式を譲渡し、同グループの傘下となった。直近では、ジャンルの金字塔『STEINS;GATE』の制作にも携わった老舗・ニトロプラスがサイバーエージェントに買収され、完全子会社となったことも話題を集めた。こと過去に大きな成功を手にし、大手に数えられるまでとなったメーカーに関しては、より大規模に制作が行える環境などを求めて、大グループの一員となっている実態がある。 こうした状況を鑑みると、今後、ノベル/アドベンチャーの分野では、インディーメーカーによる小規模制作のタイトルと、老舗による(ジャンル内での)AAAタイトルへの二極化が進むのではないか。アクアプラスが開発中の『ToHeart』や、先日発表されたMAGES.の『STEINS;GATE RE:BOOT』といった往年の金字塔のリメイクプロジェクトは、そうしたジャンル動向の一端であるとも考えられる。その一方で、新規IPとして、アクアプラスは今回開発の再開が発表された『ジャスミン』を、Key(ビジュアルアーツ)は『Summer Pockets』以来となるフルプライスタイトルの『anemoi(アネモイ)』を、次なる代表作にするべく動いているのだろう。 ノベル/アドベンチャーの分野を愛好するひとりとして、このようにジャンル内で制作が活発化することをとてもうれしく感じている。はたしてアクアプラスは、その名をふたたび轟かせることができるのか。今後の動向を注視したい。
結木千尋