〈「水の都」が生んだ老舗和菓子〉人情の味がする大阪「出入橋きんつば屋」
9月6日、JR大阪駅北口に「グラングリーン大阪」がオープンしました。青々とした緑の芝生が広がり、流線形の大屋根のある野外ステージなど、都心の駅前空間としては日本で他に類を見ないものになっています。 【写真】出入橋きんつば屋「きんつば」 私もこのプロジェクトに参画していたので、このところ大阪通いが続いていました。経済の地盤沈下が指摘されることもありますが、東京と比べても大阪は活気があります。そして人と人の距離が近く、他者を受け入れてくれる寛容さがあります。 この仕事で意気投合した方に教わったのが大阪「出入橋きんつば屋」です。JR大阪駅南口から歩いて10分ほどの場所で、ビルの横に大きくお店の名前が書いてあります。対応してくれたのは3代目の白石誠治さん(59歳)です。 きんつば屋は1930(昭和5)年に、白石さんの祖父が創業しました。お店の名前にもなっている「出入橋」は欄干だけ残して道路になっていて、その上には高速道路が走っています。 「創業時には、店の目の前は運河(梅田運河)でした。堂島川につながっていて、船で物資を、大阪駅前まで運んでいたんです。当時は、日本一の貨物取扱量があったそうです。『出入』という名前も船の出入が多いことからついたと聞いています。その船の荷物の積み降ろしをする人たちに向けて、きんつばを販売することにしたのが店の始まりです」 さすがは「水の都」大阪というエピソードです。そして、この運河で運ばれた荷物を集積していたのが、かつて梅田貨物駅のあった「グラングリーン大阪」なのです。何ともご縁を感じます。
「その日のうちに食べてもらいたい」
さて、出入橋きんつば屋の「きんつば」といえば、甘さ控えめの小豆ともちもちとした薄皮です。 「他のお店のものよりも1割程度、砂糖を控えています。皮は小麦に水を混ぜただけです。だから保存が効かないので、その日のうちに食べてもらう必要があります。ただ、すぐに食べない場合は冷凍してもらえれば保存が効きます」 白石さんは「父親から受け継いだ味を変えない」という思いで続けていますが、どうにもできないこともあります。 「小豆はもちろん、砂糖や小麦の値段も上がっています。それでも20年間値上げしていません。消費税が上がるタイミングで値上げを検討しましたが、母親に反対されました」 お母さんは「お客様」を大事にする気持ちがとても強いのです。だから「子連れのお客様が来たら、おまけをあげてしまうこともよくあります」と、白石さんは笑います。お店の前で休んでいるお母さんに、きんつばを買いにきた男性が「休憩中、ごめんね」などと気軽に声をかける様子を見ても、このお店の「看板娘」という気がしてきます。 出入橋で育った白石さん。小学校の同級生は、17人中16人がお店をやっていたそうで、今でもそれぞれの商売で頑張っているそうです。白石さんたちは商都・大阪の面目躍如を果たしているのです。夏季限定のかき氷で使う氷も、氷屋を営む同級生のお店から仕入れたものです。 「出入」という言葉、私自身、とても大切にしています。先に「出す」、つまり自分から先に動くことで、後から「入ってくる」。この姿勢でいつも仕事に取り組んでいます。今でこそ景色は変わってしまいましたが、かつての「水の都」を想像しながら、大阪駅から出入橋の「きんつば屋」まで歩いてみてください。 出入橋きんつば屋 大阪市北区堂島3-4-10 06-6451-3819
水代優