エスペランサが語る、ミルトン・ナシメントとブラジル音楽に捧げた「愛と祝福」
「抑圧への抵抗の歴史」と向き合う
ーミルトンは多くの曲で、自然の美しさを歌ってきましたよね。また、彼はアルバム『Txai』(1990年)で先住民ヤマノミ族を招き、アマゾンの問題にも目を向けさせようとしてきた人でもあります。そういったミルトンの地球への思いは、先祖伝来の土地を守るべく闘い続けるブラジル先住民族に「Não Ao Marco Temporal」という曲を捧げた(2023年10月)あなたにも影響を与えているのかなと思ったのですが。 エスペランサ:「マルコ・テンポラル」(Marco Temporal:ブラジル先住民族の領有権を制限する法案。世界中の人権団体、環境保護団体が反対していた)は法律の名前で、あの曲はブラジルの最高裁に「No」と言おうって意味を込めて作ったもの。実は、ブラジルにあるミルトンの家で作った曲でもある。(今作に参加した)オルケストラ・オウロ・プレットとのレコーディングを終えたあと、彼のボーカルのオーバーダブをしにリオデジャネイロを訪れたの。 ーアルバムと同時期に作った曲だったんですね。 エスペランサ:そう、もともと「マルコ・テンポラル」法案のことは知っていたし、この問題について詳しく学んだりもしてきたから。 そういえば、こんなことがあった。サンバ・バンドの演奏を観に行った日。夜中3時頃に帰宅した私は朝の8時頃に目が覚めた。すると外から(鼻歌を口ずさむ)音楽が聴こえてきた。私はすぐさまiPhoneを探して、このメロディを自分で口ずさんで録音した。それはまるでチャネリングみたいだった(笑)。急いで殴り書きして、その日ミルトンのレコーディングをする予定だったミキシングエンジニアのアルトゥール・ルナに「ミルトンのレコーディングが終わった後にスタジオに行こう! この曲を録音しなきゃ! バンドを探すのを手伝って!」ってすぐさま連絡した。なにもかもが……唐突だった。 ーすごい話ですね。 エスペランサ:「Não Ao Marco Temporal」とミルトンとのコネクションといえば、ミルトンと一緒に過ごしてた時に作ったってこと。この問題のことはずっと頭の中にあったから、とにかくこの曲をやらなきゃ!って思ったの。セッションを決めたその日の夜7時、アフロ・ブラジリアンのアーティストたちとバンドのみんなとスタジオに集まっていたときの写真をインスタに投稿してある。彼らは人生、信念、美学、そのすべてをこの曲に注いでいた。そのとき、私たちは侵害を容認してはいけない、同意してはいけない、先住民族とともにあるべきだ、私たちが声を上げなきゃいけないと改めて思った。スタジオに10時間くらいいたかな。その時間を共にしたあの夜、私はブラジルで出会うべき人たちと出会ったって感じた。 ーミルトンは1976年に『Maria Maria』というバレエのための音楽を録音しています。そこではアフロ・ブラジレイロの奴隷の歴史がテーマに扱われていました。ミルトンの音楽の中に含まれているアフロ・ブラジレイロ由来の部分にもあなたは関心を持っているのかなと思ったのですが、どうですか? エスペランサ:その歴史と音楽は決して切り離せない。ブラジリアンミュージックの歴史の一端だから。アフリカの人々なくしてはブラジリアンミュージックは存在しなかった。それはブラジルの歴史。ブラジルの文化遺産は奴隷として扱われていた人々によって受け継がれ、形づくられてきた。それは抑圧への抵抗の形、抑圧そのものの力でもあり、もしくは突破の形でもあった。水と酸素って切り離せないでしょ? そういう関係性。歴史は彼のサウンドの一部であり、その系譜はブラジリアンミュージックに刻み込まれている。 ーミルトンと一枚のアルバムを作り上げたわけですが、自分の中でレコーディングの経験を通じて変化を感じたことはありますか? エスペランサ:奉仕の気持ちかな、愛するものへの奉仕。それが果たされるまで付き添い続ける。もちろん、これは私のアルバムなんだけど、奉仕から得る祝福がどんなものか、その大きな学びでもあった。本当に大変だったから……本当に……(苦笑)。トラブルもたくさんあったし、すべてがチャレンジだった。その過程で、簡単に自分を犠牲にしてしまうことだってできた。ミルトンとミルトンの音楽が大好きだから。 でも振り返ると、なぜだか作品から多くを与えてもらったように感じる。こうやってできあがった作品を前にすると、すごく祝福されている気分になれる。それに、やっぱり私の作品でもあるって感じる。どこをとっても私の手垢まみれだから。私は、この教訓と共にずっと生きていく。奉仕は最もゆたかな酬(むく)いなんだって気づいた。ミルトンへの献身なんだけど、自分自身にも気づくことができた気がする。私一人のコンセプトだけじゃなく、アルバム制作ができてよかったなって思う。この経験が今後どう作用していくかは分からないけど、今はそう感じてる。 --- ミルトン・ナシメント/エスペランサ 『Milton + esperanza』 2024年8月9日リリース エスペランサ・スポルディング来日公演 2024年10月30日(水)@ビルボードライブ大阪 2024年11月1日(金)@ビルボードライブ横浜 2024年11月3日(日・祝)@ビルボードライブ東京 2024年11月4日(月・祝)@ビルボードライブ東京【追加公演】
Mitsutaka Nagira