「ロシア政府は私たちを避難させてくれなかった」 ウクライナが奪取したロシア領「最前線」【現地レポート】
ロシアによるウクライナ侵攻開始から2年半余り。これまで防戦一方だったウクライナ軍が、一転して8月6日、ロシア領に越境攻撃を仕掛け、1カ月半がたつ現在も交戦が続く。緊迫の占領地に足を踏み入れた邦人写真家による、現地レポート――。 【写真をみる】ウクライナ軍からの支援物資を受け取り、笑顔を見せるロシア人女性 ***
越境攻撃の開始から10日後の8月16日、ウクライナ軍とともにロシア・クルスク州を目指した。ウクライナ側の拠点スーミ市から国境への道には、欧米から届いた戦車が目立つ。どの車両にもこの作戦のシンボルマーク、△印が記されている。土地勘のない敵地で味方と敵を判別するためだ。 ウクライナ側の国境検問所を過ぎると、数百メートル先に緑色の施設が見えてきた。ゲートの「РОССИЯ(ロシア)」の文字はウクライナ軍の砲弾ではげ落ち、詰所に国境管理官の姿はなかった。破壊されたガソリンスタンド、焼け焦げたロシア軍の戦車が視界に入り、その先の荒野には戦闘による煙がいくつも立ち上っていた。 ウクライナが奇襲攻撃に打って出た狙いは、11月の米国大統領選挙で即時停戦を唱えるトランプ氏が勝利したときに備えた交渉カードという説が有力だ。激戦地とされてきた東部戦線から兵力の一部を越境攻撃に回したことで、東部の状況は悪化の一途だという。
「ロシア政府は私たちを避難させてくれなかった」
国境を越えてから、ウクライナ軍が司令部を置いたスージャの町に向かった。ウクライナ兵がロシアの住民を見つけ、ウクライナ国旗を模した袋で支援物資を渡す。占領下の暮らしを尋ねると、「水も電気もガスもない」「ロシア政府は私たちを避難させてくれなかった」といった不満を口にした。 街に営業中のスーパーマーケットは一軒もなく、棚に残された食材を物色する住民もいた。占領地にいた住民約1万人のうち、残るのは500から600人。どちらの国にも避難できず、長く厳しい冬を前に生命の危機が迫っている。 戦闘の長期化で疲弊する兵士、若者の徴兵逃れ、ゼレンスキー大統領の支持率低下、欧州のウクライナ支援疲れ……。国境という一線を越えた先に見えるのは光か闇か。戦禍にあえぐウクライナは運命の秋を迎えた。
撮影・文 尾崎孝史 「週刊新潮」2024年9月19日号 掲載
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