“ピクサーCCO”ピート・ドクターが語る 「面白いね」で終わらない“観客を驚かせ続ける映画作り”の方法
■「期待していた以上の反響」
映画『インサイド・ヘッド2』公開に合わせ、ピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(以下、CCO)であるピート・ドクターが来日。『モンスターズ・インク』『カールじいさんの空飛ぶ家』『インサイド・ヘッド』『ソウルフル・ワールド』の監督を務めたドクターは、2018年にピクサーのCCOに就任した人物だ。しかし就任後は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、ピクサーは業績不振が続き、今年5月には全従業員の14%を解雇するという結果に。そんな中公開された『インサイド・ヘッド2』は、世界累計興行収入15億5506万ドルを突破し、歴代興行収入ランキング10位に入るという起死回生の大ヒットとなった。クリエイターと組織のトップ、両方の視点を持つドクターは、今回のヒットをどう思っているのだろうか? ドクターだからこそ語れる、映画作りにおける社会的責任とアーティストとしてやりたいことのバランスの難しさなども合わせて聞いた。 【動画】「わたしの役割は、まだ見えていないものから守ること!」 『インサイド・ヘッド2』シンパイ登場シーン ――『インサイド・ヘッド2』が全世界で快進撃を遂げていますが、周りからの反応はどのように受け止められているか教えてください。 ドクター:とても驚くべき状況です。心理学者の人たちからは、この映画が、特に子どもたちにとって「心配」という感情について考える上での重要なツールになるはずだ、という反応をいただいています。もちろん、大人にとっても心配という感情については、もっと話したりよく理解したりしなきゃいけないものであると思っています。心配という感情を「治さなきゃいけない病気」のように感じている人もいるでしょう。でも実際には、とっても助けになる私たちの一部分なんだっていうことを理解するのが大切です。 感情というのは、求めて生じるものではなく、思いがけず生じるものです。でもあまり私たちって感情について話すことが多くないですよね。だからこの映画を見ることが、多くの人にとって、自分の感情について意識するようになるきっかけになっているのだとしたら、それはとても素晴らしいことです。人生が変わったなんていう心温まる手紙もいただいているけど、期待していた以上の反響をもらっていますね。 ――ありがとうございます。今回新たに4つの感情が登場しましたが、この感情たちを作り上げていく上で、その感情を選び、キャラクターとしてデザインしていったプロセスについて教えてください。 ドクター:今作の物語を突き動かす精神というのは、私たちがよく考えてしまう「自分が不十分である(“I’m not good enough”)」という気持ちや、「どこかでしくじった」「ここにいるのにふさわしくないんじゃないか」という思いです。でも一体それをどうやって表現したら良いでしょうか。一つの感情のキャラクターだけでそれを表現することはできません。だから、それを描く上で、罪悪感だったり恥だったり、あるいは他の感情の組み合わせだったりと、色々なアイデアを模索しました。中には、感情たちのいる司令部が爆発してしまって、ライリーに話しかける方法がなくなってしまう展開を迎えるというアイデアもありました。最終的には、シンパイというキャラクターが、ライリーのためを思って、考えられるあらゆる悪い未来を予測してそれを防ごうと暴走することで、やりすぎてしまうというアイデアに落ち着きましたが、そこに決まるまで長い時間を要しました。 最終的に残った感情はすべて、社会と関係がある感情、社会的比較によって生じる感情です。他の人たちとつながるための、あるいはそのつながりを阻む感情ということです。ハズカシや羨みであるイイナーもそれに当たります。 ――続編である今作の制作を進める上で、前作の監督としてどのように関わったのでしょうか。というのもご自身が監督された作品の続編や前日譚が他の監督によって作られるというのは、『モンスターズ・インク』(2001)に対する前日譚の『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013)の時に引き続き2回目の経験だったと思うので、その時との違いも教えてください。 ドクター:基本的には、どちらも同じような関わり方だったと思います。私の場合、作品に取り組んでいる間は必死に情熱的に考えるものですが、一度世に送り出すと、あまり考えなくなるタイプなので。ダン・スキャンロン監督は『モンスターズ・ユニバーシティ』の制作中、頻繁に私を呼んで、コメントを求めてきた。でも彼自身の作品にしてほしいと思っていたし、その思いは今回も同じです。 『インサイド・ヘッド2』で状況が違う点があるとしたら、2023年に脚本家組合や俳優組合によるストライキがあり、他の色々な理由も重なって、予定していたよりもかなりガッツリと関わることになった点です。アニメーターたちとも一緒に仕事をしたり、役者たちの演技の演出をしたりと、『モンスターズ・ユニバーシティ』の時よりも現場での作業が増えたと思います。全体的に言えば、誰が監督しても、制作の進め方については最終的な発言権を監督自身にしっかりと与えられるようにしたいと思っています。 ――今作を担当したケルシー・マン監督の印象についてお聞かせください。また、具体的に彼をどのようにサポートしたのでしょうか。 ドクター:ケルシー・マンは、ダン・スキャンロンが監督した2本の映画、『モンスターズ・ユニバーシティ』と『2分の1の魔法』(2020)でストーリー・スーパーバイザーを務めており、素晴らしいリーダーでした。ストーリー部門というのは、やるべきことがはっきりしている他の部門と異なり、とても立ち回りが難しい部門です。なぜこのシークエンスがここにあるのか、このキャラクターはどういう役割なのかなど、答えがないオープンエンドな課題が多いからです。だからそれを管理するのはとても難しい仕事なわけですが、ケルシーの働きは見事なものでした。 それから、彼がとてもユーモアにあふれる人だったので、ユーモアが求められるこの作品には適任だと思ったのです。でも、彼が物語により深い意味合いをもたらすことができるのかという点については未知数だったので、まるで彼のことを試すかのように、続編のアイデアを考えてくるように言ったのです。もちろん試されていることは、彼自身も薄々気づいてはいたようでしたがね。そうしたところ、彼が「心配」と「自分が不十分である」という感覚というアイデアを持ってきました。私にとっても彼にとっても、成長していく体験の中で感じたことだったので、意見交換をしているうちに、すぐにそこに取り組むべき何かがあると直感しました。 サポートの仕方についてですが、私は彼に限らず、他の監督たちの邪魔にならないように努めています。ウォルト・ディズニーと一緒に働いていた監督の一人が言っていたように「学ぶべき準備が整っていなければ何も学べない」のです。ああしろこうしろと言うのは簡単ですが、私はケルシーが今どの位置にいるのかというのを常に見守っていました。そして適切なタイミングで「ここ苦労しているようだけど、こうやってみたら」といったように助け舟を出していました。 監督は概して、細かいディテールに凝ることにハマってしまい、全体の構図を忘れてしまいがちです。だから「一歩下がって全体を見て!」と声掛けするのが、エグゼクティブ・プロデューサーとしての私の役割だと思っています。「これは何についてのシークエンスなのだろうか」「本当に必要なのだろうか」「カットしてみたらどうか」「あるいは別のものに変えてみたらどうか」など。彼とはとてもよくシンクロしながら仕事ができたと思っています。 ――映画の中盤、イマジネーションランドでのある展開で、今のピクサー社が置かれている状況と重なるように思えた部分がありました。映画で描かれる物語について、制作しているスタジオの状況と重ねて観客に解釈されることをどのようにお考えでしょうか。