【私の視点】 米大統領の選出方法、今から冷静に議論を
伊藤 芳明
米大統領選挙は史上まれにみる接戦という事前予想に反し、トランプ前大統領の勝利が早々と決まった。しかも全米の総得票数でもハリス副大統領を上回り、激戦と言われた7州で軒並み勝利する圧勝劇だった。 選挙戦を通し、報道が激戦7州に偏っていることに違和感があった。ペンシルベニアなど7州は確かに事前の世論調査でも両候補の支持が拮抗し、これまでも共和、民主両党の間で勝者が入れ替わってきた。 それだけに両候補とも選挙戦最終盤は7州に張り付き、カネとヒトをつぎ込んで熾烈(しれつ)な戦いを展開した。メディアの関心も7州の帰趨(きすう)に絞られ、特に日本では他州の情勢が報じられることはほとんどなかったといっていい。 米大統領選は、有権者が投票によって直接大統領を選ぶのではなく、人口に応じて50の州と首都ワシントンに割り振られた計538人の「選挙人」を選ぶのはよく知られている。 選挙人の過半数(270人)獲得を競うのだが、2州を除く大半の州は、州内で得票が1票でも多い候補が、割り当てられた選挙人を「総取り」する制度を採用している。これが全米での総得票数と選挙人の獲得数に乖離が起きる原因となっている。 合衆国憲法が起草された1787年当時、広大な国土と通信網の整備が遅れていたことなどから、全米での有権者の投票集計は現実的ではなかった。州ごとの人口比に応じた選挙人制度が生み出された理由と言われる。 問題は激戦州以外の大半の州では、共和、民主どちらの候補が勝利するか、州ごとの情勢が固まっていることだ。今回も激戦州以外でトランプ候補は219人、ハリス候補は226人の選挙人獲得が投票前から確実視されていた。 とすれば、例えば民主党の牙城と言われるカリフォルニア州の選挙人54人はハリス候補が確実に獲得するとみられるため、トランプ支持者の投じる票は意味を持たず、投票意欲をそがれているのかもしれない。 激戦7州の人口は全米のわずか2割。残り8割の米国民は自らの指導者を選ぶ決定的な場面で影響力を行使できず、結果的に「激戦州の1票が他の州の1票よりも重い」事態を招いているのではないか、と危惧する。 実際に2000年の大統領選で共和党ブッシュ(子)候補の得票数は、民主党ゴア候補よりも全米で54万票以上少なく、2016年の大統領選でもトランプ候補の得票数はクリントン候補より300万票近く少なかった。それでも、選挙人の獲得数の多さでブッシュ大統領、トランプ大統領がそれぞれ誕生している。 このため州同士で協定を結び、選挙人は州単位の結果にかかわらず全米の投票結果の勝者に投票することを可能にする動きが現れ始めた。しかし、共和党候補の全米での総得票数が民主党候補を上回ったのは、1990年代以降9回の大統領選のうち今回を入れても2度しかないため、共和党支持層の賛同を得るのは難しい。 次回選挙までの時間があるときこそ制度改革の冷静な議論ができる。民主主義の根幹にかかわるリーダー選出方法の議論を深めるべきは、選挙が終わった今ではないか。
【Profile】
伊藤 芳明 ジャーナリスト。1950年東京生まれ。1974年、毎日新聞入社。カイロ、ジュネーブ、ワシントンの特派員、外信部長、編集局長、主筆などを務め2017年退社。2014年~17年、公益社団法人「日本記者クラブ」理事長。著書に「ボスニアで起きたこと」(岩波書店)「ONE TEAMの軌跡」(講談社)など。