【いったい現地はどうなっている?職人を取材した驚きの結果】能登半島地震で消失危機!「輪島塗」は果たして復活できるのか
2月17日にSNSで寄付を呼びかけたところ、一度でなんと1212万4056円が集まった。ここから工房の工事費用750万円(振込手数料660円)、新設の轆轤(ろくろ)が48万1800円(振込手数料660円)を捻出した。 岡山の知り合いの大工チームの好意もあり、作業は急ピッチで進行。3月28日に新しい工房が誕生し、早速池下さんは木地師の仕事を始めることができたのだ。 残金の414万936円は、2人目の木地屋再生プロジェクトに使用する予定だ。「第2弾は、輪島に一人しかいない荒型師の山下さんに声をかけています。彼は仕事を続けるか迷っている。でも、僕は一緒にやりたい。だから彼の仕事場を輪島に作れたらと考えています」。
■輪島塗は輪島で作って「魂」が宿る 少しずつでも輪島に職人が仕事できる場所を作りたい。そう赤木さんを突き動かす原動力は“輪島塗は輪島の中で完結してこそ魂が宿る”という思いだ。 輪島塗が誕生したときから、輪島という土地がその美しい工芸品を育んできた。輪島にたくさんの職人がいて、近くで顔を見ながらみんなで器を作ってきた。だから輪島塗は“輪島”で作らないと成り立たないと赤木さんは話す。 自身の工房も4月16日から輪島で再開した。金沢に二次避難していた職人たちの住まいが輪島に再建されることになり、彼らの住まいの基盤ができたのだ。
「柳宗悦は、“美しい形は伝統の中にある”と言っています。輪島塗でいえば、輪島の土地で輪島の人が継承してきたもの。すなわち職人たちの技術、知識、体の中にいい形がある。僕はそれを引き出し、器にしているのです」 とはいえ、まだまだ輪島塗業界の現状は厳しい。「輪島漆器商工業共同組合」に加盟している103社のうち約8割の事業所が全壊、もしくは半壊、そして12社は火災で消失した。 未来がはっきりと見えている業者は皆無といっていいだろう。