“空飛ぶデュアルカメラ”の新標準、DJI「Air 3S」
■ 単眼では物足りない? 本連載ではだいたい年に1回ぐらい、ドローンの新作を扱っている。この9月には、自撮りに振り切った小型ドローン「DJI NEO」をご紹介したところだが、もう一つご紹介するのを忘れていた。 【画像】折り畳んだ状態。カメラカバーも付属している デュアルカメラ搭載の新作、「DJI Air 3S」である。実は昨年、前身となる「DJI Air 3」が発売されたばかりだが、1年で改良モデルが登場したことになる。 ドローン搭載カメラはほとんど広角単焦点カメラが1つだけ搭載されている。DJIのドローンが複数のカメラを搭載し始めたのは、2021年の「DJI Mavic 3」が最初だが、2023年にはさらに3つに増強した「DJI Mavic 3 Pro」が登場した。 価格は、ディスプレイなしのコントローラ「RC-N3」がセットになった単品が150,480円、これに予備バッテリなどが付いたFly Moreコンボが188,100円。ディスプレイ付きコントローラ「RC 2」に変更されたFly Moreコンボが209,000円となっている。 機体サイズで言えばMavicシリーズはDJIの中では中型機という分類になるだろうが、それより少し小さい、中の小ぐらいのモデルが「DJI AIR」シリーズになる。小型モデルは「DJI Mini」と「DJI Neo」という棲み分けだ。 第2世代となった「DJI Air 3S」は、どんな使い勝手になったのだろうか。さっそくテストしてみた。 ■ 新設計となったボディとカメラ DJI Air 3SはDJI Airのリファインモデルということになる。飛行速度などドローンとしての性能はほぼ同じだが、ボディは前作を流用することなく、新設計となっている。位置づけとしてはホビーではなく、撮影業務向け最小商品というポジションだろう。 外寸は折りたたんだ状態で214.19×100.63×89.17mm(長さ×幅×高さ)、展開すると266.11×325.47×106.00mmとなる。ただしこれはプロペラなしの外寸なので、実際には長さと幅はこれに20cmぐらい足したサイズとなる。発着時はまあまあスペースを取るドローンだ。 前方後方に斜め45度に付けられたカメラが2つあり、さらに前方にLiDAR(Light Detection and Ranging:レーザーを照射して反射光の情報から対象物までの距離や形などを計測する技術)を搭載した。DJIとしては、LiDAR搭載は初となる。下向きには赤外線ToFセンサーと2つのカメラを搭載し、夜景撮影時でも360度全域に対して障害物検知が可能だ。 バッテリー1本での最大飛行時間は、およそ45分。胴体部分のほとんどはバッテリースペースである。実際には風の影響もあり、完全にバッテリーがゼロになるまでは飛ばせないので、実質30分から35分ぐらいだと思っておけばいいだろう。 ボディのポイントは、内蔵ストレージを大幅に増強して42GBになったところだ。前作Air 3は8GB、Mavic 3 Proでも8GBだった。過去Mavic 3 Pro Cineというモデルがあり、内蔵1TBだったが、これはかなり特殊なモデルである。このことからすれば、今後はスタンダードモデルでも内蔵メモリーを増強する傾向にあるのかもしれない。 カメラ部は上下2段になっており、下が1インチCMOSセンサー搭載のワイドカメラとなっている。レンズスペックは35mm換算24mm/F1.8で、レンズ前50cmまでフォーカスが合う。過去のモデルでは最短1mだったので、だいぶ寄れるようになったということだ。有効画素数は50Mピクセル。 上は中望遠カメラで、有効画素数48Mピクセルの1/3インチCMOS。焦点距離は70mmで、絞りはF2.8。フォーカス最短距離は3Mとなっている。焦点距離からしても、遠景撮影用というより、人物や車の撮影に注力したように思える。 撮影可能な動画フォーマットに関しては、広角も中望遠も違いはなく、同じフォーマットで撮影できる。縦動画もサポートするが、カメラが縦向きになるわけではなく、画素切り出しで縦になるだけだ。 10bit D-Log Mカラーモードにも対応しており、最大14ステップのダイナミックレンジを実現する。 なおこれらのカメラは絞りが固定なので、Fly Moreコンボには3種類のNDフィルタが付属している。濃度はND8、ND32、ND128だ。ND128は普通のカメラでもあまり使わない濃度だが、ドローンは障害物のない場所で逆光撮影するケースも多いので、これぐらいが必要になるのだろう。 なお別売で、広角レンズ側をさらに広角にする、ワイドコンバージョンレンズもあるようだ。これを取り付けると、広角側のカメラを114度(35mm換算14mm相当)に拡張できる。 Fly Moreコンボには3本充電できるバッテリーケースが付属しているが、これにも面白い機能が搭載されている。中途半端な残量のバッテリーを挿しておけば、自動でケースがバッテリー残量を測定し、一番残量の多い1本へ向けて、他のバッテリーから電力を移す。これは集電機能と呼ばれている。 要するにバッテリーを挿してほっとくだけで、いつの間にか1本はほぼフル充電になっているというわけだ。充電できる環境になく次の撮影場所に移動、といったときでも、最後の1フライトが撮れる便利な機能である。 コントローラは、今回はディスプレイ付きの「RC 2」をお借りしている。実質Androidスマホが内蔵されているようなものなので、別途スマホを使ってコントローラにセットする必要がない。急ぐ現場では、こちらのほうが管理が楽だろう。 コントローラにはmicroSDカードスロットがあるほか、内蔵ストレージも32GBある。ここにはドローンからの伝送映像がキャッシュとして記録されているので、もし機体に何かあっても、最悪の場合はキャッシュから撮影映像をスマートフォンに転送してカバーできる。ただしキャッシュの映像は720pなので、本当に最悪の場合のみだ。 Fly Moreコンボにはキャリーバッグも付属する。中に仕切りがあり、フライトに必要な一式をバッグに入れて持ち歩ける。 ■ 自由度が上がったActiveTrack 360° では早速試してみよう。今回の撮影はすべて10bit D-Log Mで撮影し、DJIが公式で配付しているRec.709変換用LUTを使って処理している。 DJIのドローンは被写体を認識させて、そこを中心に回転したり遠ざかったりといった、決まりのパターンを飛ぶ「マスターショット」が特徴ではあるが、結構飛行範囲が広いので、周囲に障害物がない事が条件になる。 今回マスターショットのうち、回りを1周するサークルでテストしてみたが、トラッキングする被写体の前身がギリギリ入るぐらいの小さい半径で回れるようになった。これも対物センサーが高度化しているからだろう。 一方中望遠でもできるのか試してみたが、全身が入らないと上手くトラッキングできないようだ。せっかく中望遠があるなら、顔だけをトラッキングするモードがあっても面白いように思う。 マスターショットは、被写体が動かないことが前提になっている。一方で移動ショットを撮影したい場合は、被写体をトラッキングさせて自動追従していくActiveTrackが有効だ。これも一種の自動フライト機能で、障害物があれば自動で避けながら追従してくれる。 以前は被写体に対して、単純に一定の距離をおいて付いてくるだけだったので、移動方向としては被写体の前か後ろのどちらかだったが、本機ではそれが「ActiveTrack 360°」に対応した。被写体の進行方向に対して、どの角度で付いていくかが選択できる。例えば横を併走するとか、ちょっと斜め前から狙うといった設定が可能になった。 設定した向きにひたすら従うというわけではなく、障害物があって進めなければ後ろに回り込むなど、臨機応変に飛行している様子がわかる。また特に道がないような竹藪のようなところでも、うまく倒竹などを避けながらバックで飛行できているのがわかる。特に道があるわけではないような原生林や、三脚やジブなどを立てる足場もないような場所で、移動する人のショットが撮影できるのは強い。 ただ必ずしも自動で障害物をクリアできるわけではなく、あちこち避けまくったあげく逃げ場を失ってハマるというケースもある。この場合はいったんアクティブトラックを外して、マニュアル操縦で脱出させる必要がある。この場合でも障害物検知がOFFになるわけではないので、操縦ミスで激突といったことにはなりにくいのは心強いところだ。 ■ ダイナミックレンジを活かした撮影 Fly Moreコンボには、3種類のNDフィルタが付属しているのは、前段で述べた通りだ。一般的にNDフィルタは、光量を落とすことで絞りを開け、被写界深度を浅くするといった目的のために使用される。 一方DJIのドローンが搭載するカメラは、基本的には絞りがなく、原則解放で撮影する事になる。露出はISO感度を下げるか、シャッタースピードで追従するわけだが、NDがあることでシャッタースピードが速くなりすぎることを防止できる。 Air 3Sの場合、10bit D-Log Mでは最低ISO感度100、シャッタースピードの最高は1/16000であった。これで絞りきれない場合は、白飛びすることになる。ドローン撮影では空を逆光で撮影することになるケースもままあり、この場合の露出制御が課題と言える。 テストとしてよく晴れた午後3時半ごろにフライトしてみたが、ND32でも空のグラデーションなどは撮影できる。ND128では暗すぎるのではないかと懸念したが、空の色味などを見ると、ND32より深い色が出ている。また逆光になるまでパンしてみたが、雲の切れ目から差し込む光芒もうまく捉えることができている。 ついでに夕焼けが出ていたので、ドローンを手持ちで撮影してみたが、完全逆光ながらND128ではかなり濃い色で撮影できた。広角と中望遠は、センサーサイズや解放F値も違うが、色味のバランスはしっかり取れている。普通は絞りを絞って撮影する事でようやく出る色味だが、絞りのないドローンカメラでは、夕景撮影にNDは必須だろう。 続いて夜間撮影を試してみた。Air 3Sのポイントとして、前方にLiDARを搭載している。LiDARは自動運転には欠かせない技術であるが、昨今ではロボット掃除機にも搭載され始めている。レーザー計測なので、夜間でビジョンセンサーが働かない状態でも障害物検知ができるというわけだ。 とはいえ、夜間撮影には国土交通省へ追加の許可申請が必要になる。今回は許可申請していないので、ドローンを手で持って撮影している。 クリスマスシーズンも近くなっていつもの海岸もイルミネーションが点灯しているが、周囲が明るくなるほどの光量ではない。10bit D-Log Mで撮影し、SDRとHDRでサンプルを作ってみた。 明部から暗部まで、非常にバランス良く撮影できている。特に暗部はノイズだらけになることなく、滑らかだ。これがドローン搭載カメラの映像なのだから、一般のミラーレスとかもっと頑張らないとダメなんじゃないか、という気がする。 長尺で回しているので、気になるところもある。露出が変わるところではシャッタースピードで追っている関係か、変わり目で若干フリッカーのようなものが出ている。 またホワイトバランスも、LEDの色味に対応する格好で変わってしまうので、ここはオートながらも多少粘るみたいな動きをしてくれるとさらに良かった。夜景ではこうした派手に色味が変化するシーンというのは多いはずで、ホワイトバランスの自動追従は課題になるだろう。 当たり前といえば当たり前だが、ドローン搭載カメラなのでジンバルの補正がかなり効いている。この二眼カメラユニットは小型ながらなかなか優秀なので、このカメラヘッドがそのままOsmo Pocketのヘッドとして載らないだろうか。Osmo Pocket 4 Proといったラインナップを期待してしまう。 ■ 総論 DJI Air 3Sの発売を予期してか、昨年モデルのAir 3は今年9月に価格改定され、RC-N2コントローラ付き単品が129,800円から103,840円に、Fly More Combo (RC-N2)が165,000円から132,000円に、Fly More Combo (RC 2)が187,000円から149,600円に値下げされている。現在Air 3Sとだいぶ価格差があるように見えるのは、このせいだ。改訂前の価格と比較すると、概ね2万円から3万円高くなったという程度である。 機体としてのポイントは、夜間撮影にも強いLiDAR搭載だろう。撮影仕事で許可申請をして夜間フライトさせるという場合には、ドローン側にライトを積むなどある程度の照度が必要だったが、前方だけとはいえLiDARが付いたのは心強い。 また新しいバッテリーチャージャーも、内部でバッテリー容量を移すというのはなかなかインテリジェンスなやり方だ。元々バッテリーが完全に空になるまでフライトするということはなく、多くの場合中途半端な容量が残る事になる。その残量をかき集めて1本に集約できるのは、現場では助かることもあるだろう。 カメラ性能としては、広角と中望遠の性能差はあっても、色味などはかなり合わせ込んでおり、使いやすい。ただ、録画を止めずにカメラを切り替えられない。カメラを切り替えるためにいちいち録画を止めて、切り替えたのち再録画すると、いつか録画できていなかったり、逆スイッチとかをやらかしそうだ。 夜景撮影に関しては、ダイナミックレンジも広く、SNも悪くない。夜景はHDRコンテンツに向いており、特に今回夜間飛行性能を上げたのも、そういうニーズがあったのだろう。 AirはシリーズとしてはMavicの1つ下ということになるが、カメラ数で区別するとMavicシリーズは3カメ、Airシリーズは2カメという棲み分けだろう。1カメがMiniシリーズという事になる。Air 3Sは、ミドルレンジの空撮にジャストフィットの機体というポジションに収まりそうだ。
AV Watch,小寺 信良