2.5次元ブームに湧く舞台ビジネス 鈴木おさむ最後の脚本『ブルーサンタクロース』の狙い
全体の半分弱を占めるクリスマスJ-POP
全体で2時間弱の公演時間のうち、半分弱がミュージカルパートで占められている。その楽曲には山下達郎「クリスマス・イブ」や松任谷由実「恋人がサンタクロース」、稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」、レミオロメン「粉雪」など、J-POPを代表するクリスマスソングを配した。 「全体のうち約55分をJ-POPを歌うパートにしています。普段ミュージカルや演劇を見にこない人でも楽しめるように、誰もが知っているJ-POPを積極的に取り入れました。通常、ミュージカルはせりふをそのまま歌わせるのですが、今回は既存の歌詞を歌わせるため、歌詞と劇の流れを合わせる部分が悩みどころでした。この演出はもともと鈴木おさむさんの脚本にはないものなので、この部分を考えることが特に大変でしたね」(ウチクリ氏) 主演のブルーサンタクロース役を務めた堀江氏も、「普段演劇を見にこない人たちを見にこさせるにはどうしたらいいか。役者としてだけでなく、せりふなど演出面もウチクリさんと一緒になって考えた」と振り返る。 新しい客層を意識した要因の一つが、2.5次元ブームによる観劇人口の増加だ。 「この10年間で、演劇をめぐる環境は変わってきていると思います。10年前は、それこそ『演劇って食えないんでしょ』というネガティブな見方をされることも珍しくありませんでした。ところが、近年では2.5次元ブームによって演劇全体の需要が増え、認知度が上がってきているように感じます」(ウチクリ氏) ウチクリ氏自体、俳優業と演出業を兼務しており、俳優業としてはゲーム『刀剣乱舞』やジャンプ漫画『マッシュル-MASHLE-』などの2.5次元の舞台にも多く立っている。20年以上のキャリアの中でも、特に最近の舞台ビジネスの盛り上がりには目を見張るものがあるという。
俳優がベストを発揮するための環境作りとは?
演劇の業界では、プレイヤーである俳優が、舞台演出をする側に回ることはそう珍しくない。俳優出身の演出家として、チームビルディングをする上で何を心掛けているのか。 「私は俳優でもあるので、演出を手掛ける上では、役者がベストなパフォーマンスを発揮するための環境作りを一番心掛けています。どうすれば役者全員を前に出すことができるのか。各キャラクターの見せどころや、やりがいをどうしたら作れるのか。そういうところを大事にして演出をしています」(ウチクリ氏) 俳優は脚本を読み、その人物を想像し、自分なりの意味づけをしなければならない。いわゆる役作りといわれるものだ。ウチクリ氏は演出家として、俳優たち一人ひとりの特性を見抜き、時には彼らに対して、役の意味を伝えたり、演技の方向性を示したりして、全体を構築していくのだ。 同時にビジネス面への配慮も必要となる。今回も『クリスマスキャロル』と同様に、「キャスト応援チップセット」を販売。10枚5000円から販売し、チップ4枚で一部のキャストとチェキ撮影ができるシステムを導入している。 「『クリスマスキャロル』では、ステージと観客席の間にはある種の壁がありました。『ブルーサンタクロース』では、その壁を取っ払って、役者が観客に話しかけてもいいし、観客も積極的に巻き込んで、劇場が一体となる演出を考えています。その一つが『チップ』です。観客はチップを事前に買うことで、客席に来た演者さんに渡すこともできるし、物販に使えるようにしています」(ウチクリ氏) 冒頭の堀江氏の独白シーンは圧巻だ。堀江氏自身の人生を投影したせりふが約12分間続く。堀江氏が鈴木おさむ氏に「俺が嫌なこと書けるの、あんただけでしょ」と依頼した真意が浮かぶ場面だ。ウチクリ氏も「『クリスマスキャロル』と比べて堀江さんの出番が5倍くらい増えている」と言い、堀江氏自身の負担が増す形になっていた。だが、堀江氏は一切の妥協なく役作りに挑んでいる。同時にプロデューサーとして『クリスマスキャロル』で得たノウハウを『ブルーサンタクロース』に応用した。 こうしたノウハウを、衣装やメークといった裏方のスタッフを集めて実際に形にしたのが、緑山(グリーンサンタ)役を務めたアシスタントプロデューサーの澤田拓郎氏だ。澤田氏に2.5次元のヒットの理由を聞くと「コロナ禍によってアニメを好きな層が、アニメを見尽くしたこともあると思う」と話す。 「今期のアニメ全部見ちゃったけど、あの好きだったアニメの『舞台をやっているらしいよ』と、演劇にも目を移すことになったのではないでしょうか。コロナ禍によって演劇自体を休まざるを得なかった期間にクリエイターが企画していたものが、その後どんどん出てきた。『進撃の巨人』が米ニューヨークで公演されたり、『刀剣乱舞』が人気だったり。クリエイターたちがコロナ禍に作ってきたものが花開いたのだと思います。お客さんたちも外に出られなかった分、演劇というものを知らなかったけど見てみようかなという機運にもなってきた」(澤田氏) 澤田氏も「演劇というスタイルそのものに変革を、という堀江さんの運動自体が素敵だと感じている」と話す。2時間も同じ席に座り、水も飲めない。そういった“呪縛”にとらわれた従来の観劇の在り方が、少しずつ変わっていくかもしれない。折しも2.5次元のブームの影響で、一般層の演劇の楽しみ方も変わろうとしているのだ。『ブルーサンタクロース』で新たな観劇スタイルが広まるかどうか、注目したい。 (河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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