展望・自民総裁選(3) 乱戦の「宴の後」はどうなる
無派閥続出を導いた岸田発言
むしろ今回は無派閥議員の意欲表明が目立つ。石破茂元幹事長を筆頭に高市早苗経済安全保障相、斎藤健経済産業相、小泉進次郎元環境相の5氏を数える。過去に菅義偉前首相が自民党史上初めての無派閥総裁だった。ただし、この時は自民党の4派閥の支援を受けており事実上の派閥選挙が展開された。ここが今回の総裁選とは全く様相を異にする点だ。 この異例の事態の元をたどれば岸田首相の発言に行き着く。派閥の崩壊は言うまでもなく今年1月の自民党の派閥主催の資金集めパーティーをめぐる裏金問題で首相が突如として岸田派(宏池会)解散を宣言したことに始まった。これをきっかけに自民党に存在した6派閥のうち麻生太郎副総裁が率いる麻生派を除く5派閥が派閥としての機能を停止した。さらに首相は全閣僚に対して「気兼ねなく論戦してもらいたい」と述べて、閣僚の総裁選出馬を容認したことも、立候補へのハードルを一層低いものにした。 首相の退陣表明は8月14日。閣僚の出馬容認発言は翌日の15日だった。つまり首相は退陣表明に合わせて閣僚を含めた多数の候補者が名乗りを上げる総裁選を“演出”した可能性がある。首相の出馬断念は頼みとした麻生氏の協力を得られず、茂木氏を加えたいわゆる「三頭政治」が立ち行かなくなったことが決定打になった。外形上は追い詰められての退陣に見えるが首相自身はむしろ「負けて勝つ」(首相周辺)の心境にあったのかもしれない。気が付けば首相が最も政治的に優位な状況に立つことになっているからだ。
崩れゆく派閥の秩序
既に第1派閥の安倍派は液状化して見る影もない。麻生氏も首相の再選支持が残された唯一のカードと言えたが、タイミングを見誤り、首相の退陣によって「岸田カード」を失った。結果として麻生派内にも異論が残る同派所属の河野太郎デジタル担当相の出馬を容認しなければならない状況に追い込まれた。 茂木派に至っては加藤氏が出馬に踏み切ったことで、1月の小渕優子選対委員長らの派閥離脱に続く再分裂の危機に瀕している。 第5派閥の二階派は会長の二階俊博元幹事長の体調が優れず、二階氏自身が今季限りで政界引退を表明していることもあって派として一致する動きはない。かつて同派の事務総長を経験した平沢勝栄氏は「野放し状態」と語る。二階氏側近で派閥の会長代行だった林幹雄氏は総裁選についてこう語る。 「総裁選の第1回投票で決着がつかない場合、決選投票をどうするかは今後みんなで検討する」 これに対して“無傷”に近いのは、岸田派と森山裕総務会長の森山派の2派閥だけ。岸田派からは林芳正官房長官が名乗りを上げているが、岸田派全体が大きく揺らぐ状況にはない。つまり首相の退陣劇をきっかけに岸田派を除く派閥が存続の危機に直面する。退陣表明から約1週間後、首相はこんな感想を側近に漏らしている。 「シナリオ通りだな」 首相はトップリーダーの立場ではなくなったが、存在感を維持する長老のひとりとして残る。まだ67歳の岸田氏に関しては早くも「首相再登板」(岸田派幹部)の見方もくすぶる。ただ首相にとって計算外だったのは菅氏の動きではないか。菅氏は小泉氏の擁立に激しく動いていたからだ。 「派閥政治に反対してきた菅さんが最も派閥選挙をやっている」 総裁選出馬に意欲的だった陣営幹部の証言だ。もっとも今回の総裁候補の背後には、麻生派の河野氏だけでなくベテラン、実力者の顔がちらつく。小泉氏に対しては菅氏に加え、「清和会」の再興に燃える森喜朗元首相も精力的に推している。いち早く名乗りを上げた小林鷹之前経済安保相は甘利明元幹事長の影がつきまとう。その点では表の権力闘争とは別の政権をめぐる主導権争いが展開されている。