三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?〈教養やノウハウを身につけるための読書〉から解放され、ノイズを楽しむ読書に」
◆ノイズにこそ読書の楽しみがある 教養や娯楽として親しまれてきた読書が、ノイズとして敬遠される時代へ。それは長年本を愛してきた『婦人公論』世代の皆さんにすれば、かなりショッキングな変化ではないでしょうか。 しかし言い換えれば、子どもや孫世代の若者たちが、それだけ競争社会で働くことに疲れ、読書を楽しむ余裕も失くしている。その現実にも目を向けていただきたいのです。「仕事に全力投球することが美徳」という価値観を見直す人が増えれば、誰もが働きながら本が読める、もっと生きやすい世の中になるのではと思います。 私は、「ノイズにこそ読書の楽しみがある」と信じて本書を執筆しました。司馬作品だって、自己啓発だけを目的に、あんな大長篇を読破するとは思えません。そこには思わぬ発見や出会いの喜びがあったはず。 たとえば今号の『婦人公論』を「防災特集」に惹かれて買った方が、本欄で私の本に興味を持ってくださったとしたら、それが「ノイズの効果」といえるのではないでしょうか。 そのように、本や雑誌で気になったこと、人との会話などから新しい執筆の材料を見つけることがよくあります。今最もホットなテーマは、女子会で盛り上がった、「なぜ夫は病院に行かないのか」(笑)。 本書に続く日本のサラリーマン史としても書けますし、戦前の私小説や、《魔球》で腕を壊しても治療を拒んだ『巨人の星』の星飛雄馬など、フィクションに登場する「病院嫌いの男性」についても分析したい。 ぜひ『婦人公論』読者の皆さんから、エピソードをお寄せいただけたら嬉しいですね。 (構成=山田真理、撮影=小石謙太)
三宅香帆
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