新型コロナパンデミックで論文掲載のプロセスが激変。アカデミアとプレプリントとSNS(前編)連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
■科学の「論文」が世に出るまでのプロセス 話は戻って、論文掲載までのプロセスの話。 論文を学術誌に投稿すると、ほとんどの場合、「レビュアー(査読者)」と呼ばれる人に転送され、査読、つまり審査が行なわれる。公正な審査のため、レビュアーは基本的に匿名で扱われるが、それはほとんどの場合、同業者、つまり、論文を書いた人と同じ業界にいる科学者である。 このような同業者による審査の方法を「ピアレビュー(peer review)」と呼ぶ。学術研究は専門性が高いことが多いため、門外漢にはその意義や価値を正しく評価できない場合が多い。そのため、このような審査形式が一般的になっている。 この審査システムには、とにかく時間がかかる。論文を投稿してから審査結果が返ってくるまで、数ヵ月かかることはザラである。さらに問題なのは、審査の結果、「受理できません」という結果が出ることもよくある。 そうなると、その論文はまた別の学術誌に投稿し直しになり、また数ヵ月の審査を経る、ということになる。学術誌は実は無数にあるので、ちゃんとした体裁のちゃんとした内容の論文であれば、最終的にはどこかの学術誌に掲載されるのが一般的であるが、とにかく論文の審査には時間がかかるのである。
そしてさらに大変なのは、この「査読」という審査で、一発OKが出ることはまずない。大抵の場合、「ここを修正しなさい」とか、「これを言及するにはデータが不充分だから、それを示唆するための追加の実験をしなさい」という、修正が求められる。 この行程を「リバイス(改訂)」と呼ぶ。そこで要求されたことに真摯に対応し、修正を施した論文を同じ学術誌に再度投稿し、再度審査を受け、指摘通りに論文が修正されていることが確認されたら、その論文は晴れて「アクセプト(採択)」となる。 その後、英文校正や体裁のチェックが入り、晴れて論文が学術誌に掲載されて、世に出る、というわけである。ちなみに最近は、実際の冊子・雑誌として出版されるのではなく、「オンラインジャーナル」と呼ばれるものが、ウェブやPDFファイルで閲覧可能になる場合が一般的である。 論文投稿から「アクセプト」までのこの一連の行程は、運が良ければ数ヵ月くらいで完了することもあるにはあるが、年単位の時間を要することもザラにある。要は、アカデミアの主な仕事は「研究成果を論文として発表する」ことにあるが、それにはとても時間がかかる、ということである。 それでは、パンデミックの中で、新型コロナの変異株についての研究をこのようなスタイルで進めたらどうなるか? ここまで説明すれば、賢明な読者の方々にはもうおわかりだと思う。 その論文が晴れて世に出る頃には、その論文で調べた変異株は、世界から消えてなくなってしまっているのである。(中編に続く) 取材・文/佐藤 佳 イラスト/PIXTA