「訓練すればお酒に強くなる」ことはない…お酒を飲んで顔が赤くなる日本人が無理して飲むと食道がんのリスクが高まる遺伝学的理由
すばらしい医学――あなたの体の謎に迫る知的冒険 #1
お酒の席でよく目にする「お酒を飲んで顔が赤くなる」という光景は、実は欧米の人にとっては当たり前ではない。 【写真】お酒を飲んで酔っ払うこと
日本人がアルコールに弱い理由を、外科医として医療現場に携わる外科医けいゆう氏が遺伝的に解説した著書『すばらしい医学――あなたの体の謎に迫る知的冒険』から一部抜粋、再構成してお届けする。
エタノールとメタノール
2012年9月、チェコでウォッカやラム酒などのアルコール飲料を飲んだ人たちが次々と体調不良を起こし、結果的に40人以上もが死亡するという事件があった(1)。失明などの重度の症状を起こす人も多く、被害は大規模に及んだ。原因はメタノール中毒である。 メタノールは、アルコールの一種である。そもそも「アルコール」とは、炭素原子Cと水素原子Hでできた炭化水素の水素原子1つをヒドロキシ基(-OH)に置き換えた物質の総称だ。 メタノール、エタノール、プロパノールなど、異なるさまざまな化合物が「アルコール」に含まれる。中学校の化学の授業を思い出した人も多いだろう。 日常的には、お酒を単に「アルコール」と呼ぶことが多いため誤解されがちだが、お酒に含まれるアルコールは「エタノール」である。エタノールは中枢神経系に作用し、「酩酊」の症状を引き起こす。過量摂取すると生命を危機に至らしめる物質だが、もちろん適量であれば健康に大きな問題はない。つまりエタノールは、「人間が飲んでも大丈夫なアルコール」である。 一方、メタノールは人体にとって猛毒であり、名前は似ているもののエタノールとは全く別の物質だ。頭痛や嘔吐、腹痛などの多彩な症状を引き起こし、視神経にダメージを与え、視力障害、ひいては失明に至らせることもある。医学部の講義では、このメタノールの特徴的な中毒症状を覚えるため、メタノールの別名「メチルアルコール」をもじって「目散るアルコール」と表現される。ともかくメタノールは、少量でも死に至る恐れのある恐ろしい化合物なのである。 当時のチェコではアルコール飲料の流通システムが十分に整っておらず、メタノールを含む密造酒が市場に出回っていた。不運にも、スーパーやキオスクなどで酒を安価で購入した人たちが、悲惨な被害に遭ったのだ。この事件では、アルコール飲料を製造した二人が終身刑を言い渡されている。