どう防ぐ? 子どもの連れ去り 立正大学教授・小宮信夫
さらに、「クライシス管理」は実態にも適合していない。なぜなら、子どもの連れ去り事件の過半数は、だまされて自分からついていったケースだからである(警察庁「略取誘拐事案の概要」)。宮崎勤事件も、神戸のサカキバラ事件も、奈良女児誘拐殺害事件も、そして神戸女児誘拐殺害事件も、すべてだまして連れ去ったケースだ。「クライシス管理」では、こうした事件は防げない。 子どもの性的事件については暗数(被害届が出ないため統計に表れない事件数)も多いので、子どもの犯罪被害のほとんどは、だまされたケースなのかもしれない。どう考えても、日本各地で行われている「クライシス管理」と犯罪の現実は、ミスマッチしていると言わざるを得ない。 なぜ、だまされるケースが頻発するのか。それは、「不審者に気をつけろ」「知らない人にはついていくな」と、子どもを「人」に注目させているからである。本当の不審者は、防犯チラシに登場する不審者のように、マスクをしたりサングラスをかけたりはしない。むしろ普通の大人を装い、目立たないように振る舞う。また子どもの世界では、知らない人と道端で二言三言、言葉を交わすだけで知っている人になってしまう。ましてや、数日前に公園で見かけた人は、すでに知っている人である。
このように、だれが犯罪を企てているかは見ただけでは分からない。言い換えれば、「人」に注目している限り危険は予測できない。危険を予測し回避するためには、絶対にだまさないものにすがるしかない。それが「景色」である。人はウソをつくが、景色はウソをつかない。だからこそ、「景色解読力」を高める地域安全マップづくりは、子どもの防犯に有効なのである。要するに、予測し予防する「リスク管理」の手法としては、地域安全マップづくりが最もふさわしいのだ。 地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ。 例えば、ガードレールが設置されていない道路は、車に乗った誘拐犯が歩道に「入りやすい場所」である。両側に高い塀が続く道路は、家の中から子どもの姿が「見えにくい場所」である。柵で囲まれていない公園は、誘拐犯も「入りやすい場所」である。うっそうと茂る草木に囲まれた公園は、誘拐の一部始終が「見えにくい場所」である。田畑に囲まれた道路や建物の屋上は、死角になる部分がないので一見安全そうに思えるが、周囲からの視線が届かないので、やはり「見えにくい場所」である。