【空港怪談】搭乗口の安全扉が故障...!?奇妙なハプニングに空港係員の頭に浮かんだ恐ろしい光景
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。 そっと耳を傾けてみましょう……。
第57話 空港で、誰かが見ている【前編】
――あ、ご気分でも悪いのかな……!? 空港のコンコース、20時半。 担当の搭乗ゲートで終業チェックを終え、空港スタッフのバックオフィスに戻るため歩いていると、前方50メートルを歩いているお客様が突然、つつつ、という感じで極端に左端に寄った。 後ろ姿から推察すると、40代か50代の女性。小柄で、丸っこくて、グレーのセーターに黒いパンツ。 後ろ姿だけど、手荷物、靴、雰囲気、おひとりで歩いていたことから、なんとなく飛行機や空港は慣れているのかなと感じた。10年も空港職員をやっていると、そのくらいのことはわかる。 その彼女が、何もさえぎるものがないコンコースで、左に蛇行した。もうこの時間はほとんどすれ違う人もいないのに。 ――貧血かも!? 私は、小走りで、女性を追いかけた。あと少しで横に並んでご様子がわかるというとき、ぶるぶる、という感じで突然頭を左右に振った。思わず、声をかけていた。 「あの、お客様、もしかしてご気分が……?」 すると女性は、心底驚いたように私の顔を見た。それから私が航空会社の制服を着ているのを見て、ほっとしたように一息ついた。 「……ああ、良かった。あの、申し訳ないのだけど、この先のゲートまで一緒に歩いてくれませんか?」
この搭乗口が、怖い
「もちろんです、お客様。よろしければ、航空券を拝見いたしましょうか? 搭乗口が変更になっている場合もありますから」 私は満面の笑みで、まずは安心していただこうと、大きくうなずいた。事情はわからないが、お客様が何かに不安を覚えているのが視線や表情から伝わってくる。でも珍しく、それが何なのか、まだ突き止めることができない。搭乗口の場所を訊かれるのは日常茶飯事だが、そこまでついてきてとおっしゃる方は珍しい。 1日何百人ものお客様と出会い、言葉を交わしていくと、たいてい尋ねられる内容やリクエストは定型化する。状況が標準的であればあるほど。 うまく言えないけれどこの状況は、過去のどんな状況やご様子にも当てはまっていなかった。 「チケットはこれよ。それよりも、早くいきましょう、ありがとう」 私は急かされて戸惑いながらも、券面の要所を素早く確認する。 シバタ トモコ様 51歳 女性 322便 羽田/沖縄 21:00発 「シバタ様、搭乗口に変更はございません。この先ですから、このまま歩いていただければ右手に見えてきます。それよりご気分はいかがですか? 失礼ですが、さきほど少しお足元が」 シバタ様は、しかし速足を止めずに、横に並んで歩く私の肘のあたりをぎゅっと触った。 「ごめんなさいね、あなた、もう少しだけ」 私は「もちろん」と返事をしながらも、面食らい、右後ろを小さく振り返った。もうすでに今日はクローズして、誰もいない搭乗口があるだけ。周囲のベンチにも人はいない。 不思議だ。なんだかシバタ様がそのあたりを見ないようにしている気がしたのに。会いたくない人と鉢合わせてしまったのかと思ったけれど……。 私の体に身を隠すように速足であるくシバタ様を見て、私は首を傾げた。まあいい、あと100メートル先の搭乗口にいけば、人もスタッフもたくさんいる。 「あの搭乗口が、苦手なのよ」 シバタ様が突然、声をひそめて、私を見た。 「私は実家の母の介護でね、3か月に1度、福岡に行くんだけど。いつもはもうひとつの航空会社を使うのよ。ターミナルが違うでしょ、だからあの搭乗口通らずに済むから。でもどうしても今日中に行きたくて、遅いフライトはこっちしか空いてなかったの。あ、ごめんなさいね、こっちしか、なんて」 「まあ、そんなご事情があったんですね……! とんでもない、予約できてよかったです、シバタ様がお乗りになる飛行機が最終便で、普段から混みがちなフライトなんです。 ……あの、どうしてあの搭乗口を避けるんでしょう? 特に……変わったところはない搭乗口だと思うんですが」 シバタ様が、とってもくっついてお話してくれるので、なんだか親密な気持ちになって、思わず好奇心に負けて尋ねてしまった。 するとシバタ様は、口をぎゅっとへの字にして、眉根を寄せた。 「あそこ、人じゃないモノがたくさん、立っているのよ。お客さんが大勢いる時間ならね、まだいいんだけど。こんなふうにガラガラの時間はいけないわ、もうね、じいっと見られちゃうから。何か、どうしても伝えたいことがあるのかもしれないけどね。私は絶対に、目を合わせないし、気づかれないように前を見て、速足に通り過ぎるので精一杯なの。 あなた、毎日ここで働いてるのよね? かわいそうに……いいこと、絶対に、向こうが何を言ってもきいちゃだめ。気づかないふりをしてね。だって怖いじゃないの、こっちが聞きたいことなんてなんにもないわよねえ。なにか伝えたいことがあるにしても、もう世界が違うんだから、仕方ないっていうものよ」
小説/佐野倫子 イラスト/Semo 編集/山本理沙
佐野 倫子