大量の紙が必要だった「源氏物語」執筆 清書用だけで2355枚も? 「許したものしか残されない」作品
残った作品が『源氏物語』や『枕草子』
たらればさん:史実というか一般的な理解では、(彰子後宮よりも先に)まず清少納言もいた定子後宮の文学サロンがありました。そこが内裏の文化的な流行を築き、一条帝を魅了したと言われています。 そうした道長の兄・藤原道隆(井浦新さん)と高階貴子(板谷由夏さん)の手法を、弟である道長もまねて、彰子後宮に紫式部・赤染衛門・和泉式部・伊勢大輔などを呼んで、サロンを作ったと言われていますよね。 今回の大河ドラマでの道長は、まひろの『源氏物語』で帝を一本釣りです。「そんなこと、できるのかな……」という気がしないではありません(笑)。 水野:まひろの才を信じてないとできないですよね。ハマらなかったら大変なことになるわけですから…。 たらればさん:一条天皇が作品にハマらないこともありえますからね。 それに、一般的に『源氏物語』って紫式部の初めての作品だといわれているんですが、本作では、そうではなく、燃えちゃった前作「カササギ語り」があるというストーリーになっていますよね。 「それ」が『源氏物語』の習作なのだとしたら、読みたかったなあ…と思います。 水野:読みたかったですよね。母が執筆に夢中になっているからと娘の賢子が燃やしてしまって…。賢子~~~!! たらればさん:8月28日にNHK総合で放送された「歴史探偵 光る君へコラボスペシャル2 源氏物語」において、歴史学者・倉本先生が、「源氏物語が話題になって、それから道長が紫式部へ続きを依頼したのではなく、最初から一条帝へ献上するために、道長が紫式部へ書くよう依頼したのだとわたしは考えています(そうでないと「紙の供給」の説明がつかないから)」という趣旨の解説を述べられました。 大変刺激的で興味深い論考であり、今後の『源氏物語』起筆論に大きな影響を与えるお話だと思うので、ここに付記します。 今残っているのがたまたま『源氏物語』、『枕草子』であって、我々が知らないだけで紫式部や清少納言が書いた、面白くていい作品があったんだとしたら、考えさせられますよね。 水野:「当時もてはやされた物語のなんと多くが散逸してしまっていることか」と木村朗子さんの『平安貴族サバイバル』(笠間書院)でも指摘されていました。 『枕草子』の物尽くしの段で、<物語は 住吉。宇津保。殿うつり。国譲はにくし。埋木。月待つ女。梅壺の大将。道心すすむる。松の枝。こまの物語は、古蝙蝠さがし出でて持て行きしがをかしきなり。ものうらやみの中将、宰相に子生ませて、かたみの衣などこひたるぞにくき。交野の少将>とあるなかで、今に伝わるのは『住吉物語』『うつほ物語』だけだという指摘でした。 『交野の少将』は『源氏物語』にも引用があるけれど、元の物語は残っていないということで……原文に忠実に写本を残そうとしていった藤原定家のすごさを改めて思いますね。 たらればさん:文化ってそういうものですからね。社会環境やそれぞれの時代に生きた読者たちが許したものしか残されない。一生懸命に残そう残そうと思っても、これしか残らなかったということなのだとも思います。 水野:『源氏物語』や『枕草子』は、政治的に重要な作品だったから、後ろ盾もあって残りやすかったという面はあるのでしょうか。 たらればさん:強い条件のひとつだと思います。藤原道長という、「平安中期最大の権力者にとって都合のいいものだった」という。『源氏物語』の創作論や受容史において重要な要素ですよね。