池上彰×佐藤優「手袋を買いに」で子狐に手袋を売った店主は本当に<優しい人>だったのか…佐藤「最後の母狐の独白が実に深い」
多くの人が子どもの頃に読んだり、読み聞かされたりした「童話(寓話)」。実はその中に「人間とはどのように生きるべきか」といった指針や智恵がたくさん詰まっている、と話すのはジャーナリストの池上彰さんです。今回その池上さんと、元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんがあらためて童話を読み返し、人生に役立つヒントを探します。たとえば池上さんは、「手袋を買いに」は多様性が描き出された作品と言っていて――。 【書影】大人こそ寓話を読み直すべきだ!池上彰×佐藤優『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』 * * * * * * * ◆「手袋を買いに」 ◎あらすじ 狐の親子が住む森に、寒い冬がやって来た。お母さん狐は、子狐のために手袋を買ってあげようと考える。しかし、お母さん狐には、かつて人間に追いかけられた怖い思い出があり、町に歩を進めることができなかった。 そこで、子狐の片方の手を人間の子どもの手に変え、一人で買い物に行かせることにした。子狐には、「人間に怪しまれないように、店では必ず人間の方の手を出すように」と言い聞かせた。 「どうして?」と聞く子狐には、「狐だとわかれば、捕まって檻に入れられてしまう。人間は怖いものだから」と念を押していた。 ところが、子狐は細く開いた店の扉の間から、間違って狐の手を差し出してしまう。お客の正体に気づいた店主だったが、子狐の持ってきた硬貨が木の葉などではなく本物だとわかると、黙って子狐の手に合う手袋を差し出してくれたのだった。 心配して待っていたお母さん狐とともに帰る道すがら、子狐は「人間はちっとも怖くない」と話した。「どうして?」と尋ねるお母さん狐に、子狐は、「だって、間違って狐の手を出した僕に手袋を売ってくれたんだよ」と、いきさつを説明するのだった。 [「手袋を買いに」新美南吉]
◆そこにあるのは「優しさ」だけではない 佐藤 この話の「陰の主人公」は、まさに帽子屋さんですよね。彼が、店に来たのが人間ではないとわかっていたにもかかわらず、子狐を追い返したりせずに手袋を売ったことで、狐の人に対する見方が変わったわけです。 池上 ただ、今読み返してみると、単純に「優しい人」だったのかどうかは、大いに疑問だと思うのです。小学生の頃は、純粋にそう思ってやっていたんだけれど、考えてみると、彼はしっかり対価を受け取っているんですよね。(笑) 佐藤 そうですね。勇気を振り絞ってやって来た子狐に、「はいよ」とあげたわけではありません。 池上 身も蓋もない言い方をすれば、儲かるのならば、売る相手は誰でもよかったということなのです。 佐藤 恐ろしいのは人間ではなくて、その場で完結している「商品経済の論理」かもしれません。事実、帽子屋さんは、買いに来たのが狐だとわかると、木の葉で騙し取ろうとしているんだと勘ぐって、「先にお金を下さい」と露骨な催促をするわけです。 池上 そうそう。(笑) 佐藤 子狐が、握ってきた二つの白銅貨を渡すと、カチカチやって本物の硬貨であることを確認し、ならばと手袋を売った。 逆に、人間の子どもがお金を持たないでやって来て、「手が冷たくて仕方ないから、手袋をください」とお願いしても、売り物は渡さなかったでしょう。金を持っている狐のほうが、持っていない人間よりも上だ。 池上 新自由主義以前の古典的な資本主義経済の論理が、見事に貫徹されている。(笑)
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