人生を乗せて(11月8日)
児童文学者の石井桃子さんにとって汽車は思い出の乗り物だ。エッセーで明かしている。駅に降り立てば、にぎやかな商店街に動物園、博覧会の会場がある。心が躍る場所に誘ってくれたからに違いない▼ある時、車内で若い女性と向かい合わせた。人目もはばからず、涙を流している。〈死ぬほどかなしいのだ〉と推し量った。またある時、14、15歳の女の子と一緒になった。よれよれの着物に風呂敷包みを抱えている。話してみると誰かに追われているようだ。訳を聞けず駅で別れた。どんな事情があるか定かでないが、救いを求めて新たな世界へ飛び出そうと乗ったのか▼地方の鉄道経営は厳しさを増し続けている。利用者の特に少ないJR東日本の36路線・72区間の昨年度収支が公表され、全てで赤字だった。常磐線のいわき―原ノ町間など県内5路線・12区間が含まれている。住民の「足」を存続させるには、一人一人が思いを寄せる必要があるだろう▼〈一つの列車が、いろいろな人生をのせている〉とエッセーは続ける。喜びと涙、今と未来への希望が行き交い、乗り合わせた相手から、世の酸いや甘いを教えられたりする。鉄道という名の「劇場」へどうぞ。<2024・11・8>