たどりついた究極の味──『劇映画 孤独のグルメ』井之頭五郎が海を越え、みつけたもの【おとなの映画ガイド】
12年前に深夜枠から始まり、いまや大晦日にスペシャル放送でテレビ東京のトリを務めるほど人気の久住昌之原作、松重豊主演ドラマが、『劇映画 孤独のグルメ』となっていよいよ年明けの1月10日(金) に全国公開される。松重が、若かりしころから夢見ていた監督と脚本をつとめ、彼の呼びかけに演技派の名優たちが集まった渾身の作だ。持ち前の勘をたよりに絶妙な食事処に入り、尋常じゃない食べっぷりを見せる主人公・井之頭五郎だが、今回は、なにせ「劇映画」、力がはいってますので、ロケ地はフランス、韓国と海を渡り、展開もかなりドラマチック。大スクリーンに美味しそうなものがビシバシ出てきて、空腹時にこの映画はオススメできません。 【全ての画像】『劇映画 孤独のグルメ』の予告編+場面写真(11枚)
『劇映画 孤独のグルメ』
井之頭五郎(松重豊)は、輸入雑貨を扱う自営業。今は独身。営業先の町で、空腹時の研ぎ澄まされた勘を頼りに、ふらっと店に入って、ひとりで食べる。ただそれだけのオッサンのドラマなのだけど、店のメニューに目移りして心の中であれこれ自問自答する姿や、結局腹が満ちるまでどんどん食べてしまう、食の深遠さに感動させられ、つい観てしまう。ともかくおいしそう。登場する店は、町中華など地元に愛される店が多く、すべて実在。グルメガイド番組を兼ねた、いわゆる「グルメ・ドキュメンタリードラマ」の金字塔的存在の作品だ。五郎さんは下戸の設定。酒の「あて」より、ご飯が進むおかずの追求が、人気の理由でもある。 決めぜりふは、天を仰ぎ「腹が……減った」。おなじみのテーマがワンフレーズ流れれば、あとは五郎さんにまかせればよい、というわけで。 豪華な展開になっていても、お約束ごとはきっちり仕込まれているので、映画も“ごひいきの味”だ。 番組が10周年を迎えた2022年の夏に、まず松重豊が映画化を発想し、結果的に松重自身が監督を担うことになった。かつて、自主映画を制作し、途中で断念したことがあり、その果たせなかった思いと、40年のさまざまな現場経験から、気心しれたテレビの仲間とやれば自分なら良い画が撮れると考えた。 シナリオハンティング(台本を書くための取材)で食べ歩いて、パリのオニオングラタンスープに感動。「すべて“スープ”というキーワードでひとつの映画に集約できる」というアイデアが浮かび、“究極のスープの味”を追うことがストーリーの柱になった。 ついに、井之頭五郎が、食の都パリに行く──。 フランスに暮らすかつての恋人の娘・千秋(杏)から依頼を受け、絵を届けるためだった。しかし、千秋の本当の依頼は別にあって……。彼女の祖父の一郎(塩見三省)が幼少期に食した忘れられないスープを「もう一度飲ませてあげたい。どうか、その味をみつけてほしい」というもの。「亡くなった母から、困ったことがあったら、五郎さんを頼れ、といわれていた」という。そんなこと聞いちゃった五郎としては、この望み、何とか叶えてあげたい。彼は胃だけでなく、人柄もデカイのだ。 「いっちゃん汁」とよんでいたというスープ。老人のおぼつかない記憶をもとに、まずは一郎の生まれ育った長崎、五島列島から「味探し」を始める。もちろん、到着したとたんに、魅力的な店をみつけて皿うどんを食べることも忘れない。 聞き込みを続け、食材を集め……。ところがここから、とんだアクシデントに見舞われる。なんとこのあと、井之頭五郎は、韓国に出没することになる。なぜ、韓国? スープ探索に関係あるのか? というわけで、食と人を巡る、“縁”のような壮大な出会いのドラマに発展していく。 シナリオ作りは二転三転したが、キャスティングは至って順調にいったようだ。 松重豊と『孤独のグルメ』、この最強のブランドから声がかかったら、役者さんとしては、よほどのことがなければ断らないだろうし、光栄と思うだろう。松重さんの人徳ともいえる。 杏とは何度か親子役で共演している。韓国のとある島で暮らす日本人女性役、内田有紀は、映画制作の早い段階から名前をあげ、松重がラブコールした、いわば意中のひとだ。韓国の入国審査官役で出演するユ・ジェミョンは、韓国ドラマ『梨泰院クラス』の会長役を演じるなど、“カメレオン俳優”と呼ばれる韓国の名バイプレイヤーだが、松重がはまった韓国映画『声もなく』ですっかり気に入った役者さんだ。 五島列島ー韓国の旅でヒントを得た五郎は、東京に戻り、スープ再現に着手する。ここで、登場するのが、謎の中華ラーメン店の主人・オダギリジョー、そしてその店の常連客・磯村勇斗。 テレビ東京の匂いも多少あって、いい感じのキャスティング。 さらに、主題歌を担当しているザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトへの依頼も松重人脈。ふたりは、「修業時代」のアルバイト先が同じ下北沢の中華料理店「珉亭」だったという40年来の縁。この店、演劇、音楽関係者の間では知る人ぞ知る伝説の店。甲本は、松重の幻の自主制作映画の主演でもあったという親友だ。今回の曲のタイトルは『空腹と俺』。まさに「腹が……減った」の井之頭五郎のテーマ。さすが、わかってるね。 「この映画をつくる上で一番、僕の中でよりどころになったのが、伊丹十三監督の『タンポポ』なんです。……伊丹さんが元々は俳優でいらっしゃったことも、潜在的な目標になりました。それと前々から、カウンターで横並びに座ってラーメンを食べている人たちを、横パンの寄りで撮っていく“『タンポポ』カット”をぜひともやってみたかったんです」と松重監督。伊丹組ではおなじみの、村田雄浩も五郎の旧知の仲という同業者役で出演している。 食も旅情も、観ていて幸せな気分になる正月映画デス。 文=坂口英明(ぴあ編集部)