『劇場版 SPY×FAMILY』はアニメを超えた究極の完成度 劇場版ならではの“お楽しみ”も
“完璧な劇場版”というものを観たければ、『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』を観に行こう。原作漫画から読んできた人も、TVアニメを楽しんでいる人も、これが初『SPY×FAMILY』だという人も、「夜帷」の大ファンだという人も、楽しめて満足して嬉しい気持ちで劇場を出て、そしてもう1度観たいとチケットカウンターに並ぶことになるはずだから。 【写真】中村倫也&賀来賢人が演じた敵キャラ 世界各国が諜報戦を繰り広げている時代。悲惨な戦争をもう絶対に起こしたくないと心に誓っている西国(ウェスタリア)の諜報員「黄昏」は、東国(オスタニア)に潜入し、子どもを介して要人への接触を試みるため家族を作る。それがフォージャー家。ところが、孤児院から引き取った少女は実は超能力者で人の心を読むことができて、そして妻に迎えた女性は「いばら姫」のコードネームを持つ凄腕の殺し屋だった。 それぞれに秘密を抱えた3人が、表向きは優しくて有能な父ロイドと、子育てに熱心だがおっちょこちょいなところがある母ヨル、元気で好奇心旺盛な娘アーニャという仮初めの家族を作って暮らしていく中で、それぞれの仕事や能力が関わる事件に巻き込まれていく。だからといって3人とも絶対に自分の秘密を明かすことができない難しい状況で、どうやってピンチを突破していくのか? これが、『SPY×FAMILY』をいわゆるシチュエーションコメディとして成り立たせ、漫画の読者やTVアニメの視聴者を面白がらせているポイントだろう。『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』にはそのポイントをストーリーの中にしっかりと取り込み、いつものハラハラをいつも以上のスケール感で観せてくれる。そこがまず完璧だ。 予告編で明らかになっているように、劇場版はフォージャー家が未来予知の能力を持った犬のボンドもいっしょに家族旅行に出かけるというストーリーとなっている。旅行の目的は、アーニャが通うイーデン校で行われる調理実習で、アーニャが好成績を収めるために必要なお菓子の作り方を学ぶこと。ところが、旅行の途中でアーニャは東国の軍部が西国から盗み出したマイクロフィルムが入ったチョコレートを食べてしまう。 そして起こったアーニャの危機に、ロイドはロイドで立ち向かいヨルもヨルでアーニャを助けにはせ参じる。優秀な諜報員と凄腕の殺し屋が組めば向かうところに敵なしの布陣だが、お互い絶対に正体を明かせないという制約があり、共闘は不可能という状況をどうやって作るのか。そうした難題に劇場版はしっかりと応え、ロイドに潜入から変装から格闘といった見せ場を作り、ヨルにも超絶的な身体能力を持った殺し屋ならではの活躍をさせる。 お約束とはいえ、そうした状況へと持っていくためには展開上の工夫が必要。そこでなるほどそう来たかと納得させつつ、いやいやそれはさすがにバレるんじゃないかと呆れさせながらも、お互いが今の関係を壊したくないからとごまかして受け流すところまで含めて、『SPY×FAMILY』のフォーマットをしっかりと踏襲している。だから安心して観ていられる。これも劇場版を完璧なものとしている理由のひとつだ。 加えて、劇場版ならではのカロリーの高い映像が、大スクリーンで観る意味を与えてくれる。筆頭がヨルによるバトルシーン。今までに相手をしたことのなかったような劇場スペシャルとも言える強敵に、駆け寄ったり飛び上がったり身をかがめたりしながら、迫り切りつけ技を繰り出すアクションの連続には目が上下左右に動く。今回の映画に用意されたIMAXのフォーマットで観ると、上下の動きがよりダイナミックに見えて、ヨルの身体能力のすさまじさを改めて理解できる。 ロイドの方も、アーニャを取り戻すために駆け回り、空まで飛んで危険な場所へと突き進んでいく。さすがは〈黄昏〉といった活躍ぶり。ここで気になるのが、東西を再び戦争に巻き込む恐れを持ったマイクロフィルムを取り戻すという諜報員としての任務が第一で、結果としてアーニャを助けるだけなのかといったロイドの心情だ。 疑似家族を作って要人に接触する「オペレーション(梟)」を別の諜報員に引き継がせる命令を拒絶するため、アーニャを調理実習で優勝させようとしたのは、その方が作戦の成功率が高いからなのか、それともアーニャやヨル、そしてボンドといった家族を失いたくないからなのか。『SPY×FAMILY』が単なるシチュエーションコメディを超えて家族の絆を描く物語へと進化し、深化している流れの中で浮かんでくるこうした疑問について、今一度考えさせてくれる映画になっている。 『SPY×FAMILY』から受ける家族がいっしょにいることの喜び。それを大いに含んでいるという点でも劇場版は完璧だ。 あとは、劇場版ならではのお楽しみがどれだけあるかといった部分。未見の人のために詳細は避けるが、レジェンド級を超えてゴッド級の声優がまさしくゴッドな輝きを見せてくれると言っておこう。それに誘われるようにしてアーニャも声を担当する種﨑敦美とともに、とてつもない姿を見せ、声を聴かせてくれる。そのシーンを観ながら、あなたはポップコーンを頬張れるかという問いも投げかける。もしくは同じような苦悩を味わっている観客に、進むべきか留まるべきかといった決断を迫る。 アーニャを付け狙う2組の軍人を、俳優の中村倫也と賀来賢人が演じて、それぞれに俳優としての顔を思い起こさせないくらい、キャラになりきっているところも見どころだ。いずれおとらぬ名優たちだけに、ロイド役の江口拓也やヨル役の早見沙織といった声優たちに混ざってまるで違和感を覚えさせない演技で、ドタバタと走り回ってマヌケな振る舞いを観せてくれる。キャラ自体も登場から退場までしっかり本筋に絡んでくる。劇場版における完璧なゲストキャラ&ゲスト声優とはまさに彼らのことだ。 本編のキャラもそれぞれに登場して役割を果たす。「黄昏」の上司のシルヴィアもヨルの弟ユーリも姿を見せ、ヨルの同僚のカミラとミリーとシャロンもヨルの心情をざわつかせる役を果たして物語にスパイスを効かせる。フランキーも役に立つような立たないようないつもの役回りで、コメディーリリーフならではの存在感をそれなりに果たす。 そして「夜帷」ことフィオナ・フロストも。ロイド大好きっ娘として鉄面皮の下の恋情を燃やしていて実に愛らしい。だからといってヨルの替わりに「オペレーション(梟)」に参加させる訳にはいかないヤバさも相変わらず漂わせている「夜帷」が、TVシリーズのSeason2のMISSION:36内のエピソード「〈夜帷〉の日常」で見せてくれたような空回りぶりを楽しもう。 そのTVシリーズは、12月23日放送分のMISSION:37「家族の一員」でいったん終わるが、本編はまだ続いており順次アニメ化していってほしいところ。加えて今回のような劇場版も、これまでの本編に挟み込むような形で作っていけるのではないかと、『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』は思わせてくれた。正体を明かせない家族3人を同じ舞台で活躍させるパズルのようなシナリオ作りには苦労しそうだが、それが果たされれば『名探偵コナン』の映画シリーズのように、次はどんな事件が起こるのかにワクワクしていけるだろう。 完璧を超える完璧を目指して、スタッフには是非に次も願う。
タニグチリウイチ