“胸差”の僅差決着も! 箱根駅伝、仲間の思いを背負い激走「伝説のアンカー勝負」列伝
だが、アンカー・山本憲二の走りしだいでは、けっして逆転不可能なタイム差ではなかった。逆転Vの夢を乗せて、山本は攻めの走りで前を行く早大・中島賢士をヒタヒタと追い上げる。最初の5キロで中島との差を5秒詰めると、13.4キロ地点で28秒差、残り1キロの時点で、距離にして100メートルの約20秒差まで迫った。中島の背中もはっきり見えていた。 一方、中島も「怖かった」と必死の形相で逃げに逃げる。何度も後ろを振り返るたびに、中継車の渡辺康幸監督から「追うほうもきついぞ。逃げるだけだ!」の檄が飛ぶ。 追う山本に逃げる中島。ここから100メートルの差はなかなか埋まらず、外堀通りを右折したところで白いゴールテープを目にした中島は、思わず右腕を3度突き上げ、歓喜の表情でゴールした。 続いて山本が8区から3連続区間賞の1時間9分36秒でゴールしたが、わずか21秒差で惜敗。「自分の力が足りなかった。相手がゴールしたとき、悔しさが一番こみあげてきた」と無念の表情を見せた。 21秒は出場選手10人で割れば、1人2秒余り。翌年、「1秒でも削り出せ」を合言葉に雪辱を誓った東洋大は、前年の早大を8分15秒も短縮する10時間51分36秒の大会新記録で2年ぶり3度目の総合優勝を実現した。 競馬なら“ハナ差”と言うべきところだが、ギリギリの“胸差”でアンカー勝負が決着したのが、第89回大会(2013年)だ。 4位争いを繰り広げる早大と帝京大は、10区でいずれも初出場の田口大貴、熊崎健人の両2年生が壮絶なデッドヒートを繰り広げた。 早大・田口に27秒差の5位でタスキを受け取った帝京大・熊崎は、3キロ地点で田口をとらえるが、初めからスパート勝負を考えていたので、前に出ようとしない。本番前に田口の能力を分析し、「スピードでは勝てる」と判断した結果だった。 何度も顔を右側に向けて、何十回もチラ見してくる熊崎に対し、田口も「まだ仕掛けてこないのか。先には行かれたくない」と内心警戒しながらも、自ら仕掛けようとせず、両者はそのまま15キロ以上にわたって、ゴール近くまで並走を続けた。熊崎にとって、スパートのチャンスは1度だけ。絶対に失敗は許されなかった。