「同担拒否とか草」の意味分かる? 女子大生らが編んだ“オタク用語辞典”が話題(レビュー)
「そんなことも知らないの?」 小学5年生にそう呆れられたことがある。彼が「だからフラグがさ」と語るので「フラグって何?」とたずねたところ、鼻で笑われたのである。「教えてよ」とお願いすると、「自分で調べて」と諭された。どっちが子供なのかわからなくなるやりとりで、私は危機感を覚えた。ゲーム類を一切しない私はゲーム関連の言葉に疎い。世の大半がゲームをするなら、いずれ話が通じなくなるわけで、せめて基本語彙だけでもおさえておきたい。そう考えていた私にうってつけの辞典が発売された。 【画像】「キュン死」「口から音源」…いくつ分かる? オタク用語辞典の中身を実際に見る 近代国語辞書の元祖『大言海』をもじった『大限界』。「限界オタク(人間の限界を超える勢いのオタク)」たちが使う分野別1600項目を収録した用語辞典で、私はわからないなりに一気に通読し、まずこう思った。 恐るるに足らず。 オタク用語のほとんどは略語(あるいは略語と略語の組み合わせ)なのである。キャラクターゲームが「キャラゲー」で、ダメなゲームは「クソゲー」。鬼のようにリピートすることが「鬼リピ」で、メリー(愉快)なバッドエンドが「メリバ」等々。意味不明な時は「それは何の略?」と訊けばよいのだ。
ネット上で増殖する「わりい おれ死んだ」などの唐突なフレーズは、人気漫画のセリフの借用らしい。原意を離れているそうで、まるで和歌の本歌取りだ。そう考えると、書き込みを「今日も一日」で始めるのも一種の枕詞といえる。自らの行為を「推す」「推し活」、「沼(魅力の深み)」に「沼る(ハマる)」と呼び、誰かを「担当」して仲間と「同担」したり「同担拒否」や「他担狩り」をし、文末を「草(w)」や「ワロタ」で止めるなど、定型句でリズミカルに表現するのも和歌に通じる。 そして彼らは恋歌さながらにゲームのキャラクターやタレントが好きだと訴える。「おっふ」「きゃわわ」「デュフフ」などと歓声をあげ、「吐血」して「目が足りない」「壁になりたい」と嘆き、「産んだ記憶ある」と妄想し、しまいには「キュン死」や「死んだ」りするのだ。 片思いの暴走というべきか。 和歌も片思いだが、オタクはそこに安住しているので、切なさに欠け、アクセルを踏むばかりである。読みながら私はふと西行の恋歌を思い出した。 「思へども 思ふかひこそ なかりけれ」 山家集に収録された歌の一節。「何それ?」と訊かれたら、「そんなことも知らないの?」と言い返してやろう。 [レビュアー]高橋秀実(ノンフィクション作家) 1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ノンフィクション作家。『ご先租様はどちら様』で第10回小林秀雄賞、『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』で第23回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。他の著書に『TOKYO外国人裁判』『ゴングまであと30秒』『にせニッポン人探訪記』『素晴らしきラジオ体操』『からくり民主主義』『トラウマの国ニッポン』『はい、泳げません』『やせれば美人』『趣味は何ですか?』『おすもうさん』『結論はまた来週』『男は邪魔!』『損したくないニッポン人』など。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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