世界一の棋士を育てるガンオタ先生 ~囲碁棋士・藤沢一就~
奥深いガンダムの世界に魅了される
プロになってからの生活は楽しかった。年齢の近い仲間もたくさんいるし、何より対局をしてお金をもらい、生活することができる。そんな充実した日々に衝撃を与えた存在があった。ガンダムである。 「入段してすぐの頃、ガンダムの劇場版を見に行ったんです。ガンダムは知っていましたが、当時はビデオもなかったので見たことはありませんでした。アニメでは正義の味方と悪の集団が戦う、というストーリが多かったですが、ガンダムでは、戦いにそれぞれの論理があって、必ずしも正義と悪だけではなかった。そんな奥深い部分に惹かれました」 一番好きなキャラクターは「クワトロ・バジーナ」。元々ジオン軍のシャア・アズナブルが、身分を隠しエゥーゴとして戦ったときのキャラクターだ。他にもアナベル・ガトーなど、少し影があるタイプのキャラクターを愛する。 「ファーストガンダムとZガンダムがやはり好きですね。ガンダムを見ると、とにかくワクワクします。複雑な心理描写や背景があるなかで、それを乗り越えて勝つとなんとも言えない気持ちになります」 破天荒な父を持ち、複雑な環境で育った藤澤。それを乗り越えてプロになり、対局で勝つことを目指す日々。 一方、キャラクターの1人1人に戦う意味があり、複雑な心理描写が魅力でもあるガンダム。自分が囲碁を打つ意味のようなものを、ガンダムのキャラクターに投影していたのかもしれない。
世界で勝てる棋士を育てたい
上位を目指してプロ生活を送っていた藤澤に、平成12年、転機が訪れた。数年前まで日本の棋士が活躍していた国際戦の富士通杯で、中国や韓国の選手が活躍するようになったのだ。元々教室をやりたい気持ちがあったが、日本の棋士の苦境が藤澤の決意を固めた。 「世界で勝てる棋士を育てたい。子供たちに囲碁を教えよう」 ちょうど場所を提供してくれる方も見つかり、「今しかない」と、当時たくさんあった指導碁などの仕事を捨て、藤澤は1からスタートを切った。34歳のときだ。 開講当時の生徒は13人。最初は土曜日だけの教室だった。その後、希望する子供が増えて平日にも教室を開講すると、自分の勉強どころではなくなった。いつからか自分が勝つことよりも、「どうやったらこの子たちが強くなるか」を必死に考え、子供たちの目標に見合った教え方をしてきた。 教室を始めてから16年。現在は生徒200人以上の大所帯になった。9年前に、プロを目指す子ども向けの道場を開いてからは、7人もの弟子がプロになり、それぞれが活躍している。さらに院生にも20人もの弟子がおり、藤澤の思いは確実に広がってきている。 「時代によって子供や保護者の方の考え方が変わってきていますね。平均年齢も下がっていますし、取り巻く環境も違うので、昔のように何も言わなくても勉強する子は少なくなり、教える側の努力も大切です。もちろん大変なこともありますが、弟子が強くなって独り立ちしたり、結果を出してくれるとやはり嬉しいです」