「テンポが遅い」「家族の描写が薄い」…朝ドラ「おむすび」視聴率が全国で総崩れする深刻すぎるワケ
50歳以上は最初から度外視?
ここまで視聴率が落ち込んだ一番の理由は、朝ドラを観ている人の数が圧倒的に多い50代以上の女性が大量離脱したからだ。 どうして50代以上の女性が大量離脱したのか? 「おむすび」の制作準備が始められたのは2022年。当時は若い視聴者の獲得に躍起になっていた先代会長・前田晃伸氏=(79)元みずほフィナンシャルグループ社長・会長=の時代である。前田氏の意が汲み取られ、最初から50代以上を強く意識しなかったのかも知れない。 前田氏は中高年以上に絶大なる人気を誇った「ガッテン!」を2022年2月に打ち切ってしまった。一方で同年4月から平日午後10時45分から同11時半を10代、20代を狙った若年層ターゲットゾーンにした人である。 そう考えると、主に若者に人気の橋本環奈(25)を主演に起用したこと、全体のテーマを「平成青春グラフィティ」としたことも釈然とする。 世代別、男女別の個人視聴率も見てみると、「おむすび」の全体の視聴率が落ちている理由が分かる。第一に50歳以上の女性の視聴率が大きく落ちているからだ。「虎に翼」と比較すると、3割前後下がった。50歳以上の女性は朝ドラの最大の視聴者層だから、これは大きい。 朝ドラの視聴者層としては2番目に数が多い50歳以上の男性の視聴率も3割前後、落ちている。やはり企画段階から50歳以上を強く意識していなかったのではないか。 法律論や社会的エピソードが続いた「虎の翼」が、橋本が主演しギャルも出てくる「おむすび」に代替わりしたので、若い視聴者が増えたと読む向きもあった。しかし、それは実情と全く異なる。 「おむすび」は若い層の視聴率もかなり下がっている。20代から30代前半の視聴率は「虎の翼」から半減してしまった。そもそもこの層は仕事と育児に追われているから、どの朝ドラも観る人があまり多くはないのである。
家族が描き足りない
「おむすび」はどうして低調なのか。民放のドラマ制作者は「テンポが遅い」と指摘した。確認してみたい。 「らんまん」の第20回(2023年4月28日放送)は主人公・槙野万太郎(神木隆之介)が、自由民権運動のリーダー・早川逸馬(宮野真守)の紹介でジョン万次郎(宇崎竜童)と会い、「人の一生は短い。後悔はせんように」との言葉を与えられた。影響を受けた。 「ブギウギ」の第20回(同10月27日放送)の場合、ヒロイン・福来スズ子(趣里)が両親の郷里・福井へ法事のために訪れる。そこで自分の出生の秘密を知り、衝撃を受ける。スズ子の所属していた梅丸少女歌劇団の争議は終わっていた。 「虎に翼」の第20回(4月26日放送)は共亜事件の入り口だった。ヒロイン.猪爪寅子(伊藤沙莉)は父親・直言(岡部たかし)の逮捕には動じなかったものの、どうすればいいのか分からない。猪爪家の家宅捜索に入った検察に対し、手際よく対応したのは居候の佐田優三(仲野太賀)だった。 一方、「おむすび」の第20回(10月25日放送)ではヒロイン・米田結(橋本)がハギャレン(博多ギャル連合)のメンバーと糸島フェスティバルに登場し、パラパラを踊った。 その時、2004年。結は直後に1995年1月に経験した阪神.淡路大震災を思い出し始める。第21回は震災シーンを短く直接的に描いた。ここから展開が早くなるが、それまでの物語の経緯を考えると、やや唐突に映った。 第22回以降はかなり直接的に震災直後の様子を描いた。結の姉・歩(仲里依紗、少女期・高松咲希)の親友・真紀(大島美優)は震災死する。 ちなみに「あまちゃん」(2013年度上期)は2011年3月の東日本大震災の当日を全てジオラマで表した、「おかえりモネ」(2021年上期)は同震災の発生直前までを描いたあと、時を約7時間飛ばし、地震や津波は表現しなかった。 また、NHKの東京のドラマ関係者が、家族の描写の薄さを疑問視するのには理由がある。朝ドラはどの作品も時代設定と作風がバラバラだが、序盤には一致していることがあるからだ。 「朝ドラの序盤は例外なく家族の描写、家族と主人公との関係性を細かに描きます。子役編の有無は関係ありません。主人公の一代記、半世記だから、物語の随所で家族が関わって来ますし、家族を描くことで主人公のキャラクターも浮かび上がりますから」(ドラマ関係者) 確かに「おしん」(1983年度)以前から「虎に翼」まで朝ドラの出だしは家族。どの作品もしっかりと描いた。一方で「おむすび」の場合、ハギャレンや書道、野球とさまざまなことを取り込んだため、家族のことが描き足りなかったのではないか。 厳しいことも書いたが、国民的ドラマとも呼ばれる朝ドラの深刻な状況は伏せておけない。 高堀冬彦(たかほり.ふゆひこ) 放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。 デイリー新潮編集部
新潮社