大卒で就職した会社の「新人研修合宿」で渡された「就寝時刻が記されていないスケジュール表」の意味
「本人が勝手にやっていただけ」と詭弁を繰り返す会社側
私は彼の依頼を受け、研修合宿中につき、3食の時間と1時間の睡眠時間を除く1日20時間を労働時間とし、その後については劇の練習時間も全て労働時間に含める内容で、会社に未払残業代を請求する内容証明を送った。会社側からは、新人研修の時間は「働いているのではなくて、教育を受けているだけ」、劇の練習の時間も「仕事と関係なく、本人が勝手にやっていただけ」という理屈で、「そんなものは労働時間ではない」との反論がありそうなところである。 しかし、労働基準法上の「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいい、「指揮命令下に置かれている」といえるか否かは、会社がどう考えているかに関係なく、客観的に決まるものであるというのが確定した最高裁判所判決の見解である。 なので、新人研修の時間は当然、労働時間になる。また劇の練習についても、日報に「劇の練習時間を守れなかった」などなど、上司への報告記載があったりしたことから、上司の指揮命令下にあった時間と十分にいえる証拠が残っていた。 内容証明を送った後、会社側代理人である弁護士と面会することになった。その会社側代理人も、当初はこちらの述べる事実につき、にわかには信じられない様子であった。しかしその後、会社側は「寝させない新人研修」の時間も「劇の練習」時間も含め、こちらの主張する労働時間をほぼ全て認める内容で和解案を出し、この件は早期和解で解決することとなった。
自分に問題があるとは思わないで
会社側の和解案が出たとき、彼は和解を蹴って訴訟をするかとても迷っていた。彼は、同じく長時間労働に耐えられず退職した元同期などにも一緒に訴訟をしないかと声をかけたりもしたが、元同期からは「会社辞めてから残業代請求するとか、そんなん詐欺やん」と言われたそうである。もちろん、残業代請求は正当な権利行使であって、残業をさせながら残業代を支払わない「犯罪行為」を行ったのは、会社のほうである。洗脳合宿の呪縛は恐ろしい。 新卒での就職でつまずいたとはいえ、彼はまだまだ若いのだから新たなキャリアを目指すなら早いほうがいい。どちらがより正しいというものではなく、彼のそれからの人生を考えれば、彼が和解に応じたのも正しい判断だったと思う。彼はその後、和解解決金を元手に勉強し現在、労働基準監督官として働いている。 今回この原稿執筆にあたって連絡して、この件を書くことの了解をもらったのだが、その際に彼から現時点での感想をもらっているので以下に紹介する。 「毎年、新卒の採用の時期になると、この会社の採用サイトを見てしまう。毎年新たに学生が採用されていて、胸が痛む。企業が元気に継続していて、やるせない気持ちになる」 「ブラック企業に入社する人は、その人にも問題があると捉とらえる人もいると感じるが、状況次第で誰でも騙される可能性はある。そうなってしまうことに、本人の能力や人間性は関係ないと思う」 彼はこれだけ大変な思いをした後に労働基準監督官になった。今後も、酷い目に遭った労働者の気持ちが分かる監督官として仕事をしていくだろうと思う。事件は終了しているので、今この会社がどのような労務管理を行っているのかを知ることはできないが、会社のほうも、彼の件を通じ自社の労務管理が労基法に反する違法なやり方であったことを理解はしたと思う。そのようなやり方を改めていることを、切に願う。 さらに続きとなる記事<「メールの語尾」を理由に社員を解雇…裁判官にもしかりつけられた「ブラック企業のヤバすぎる実態」>もぜひご覧ください。
塩見 卓也