地銀頭取の第二の人生は山あいの故郷で唯一の不動産屋 深刻化する空き家への移住を支援、「80歳までは続ける」
名古屋市内から北東へ車で約2時間、「奥三河」と呼ばれる愛知県の山あいにある東栄町は、全国の山間地域と同じく人口減少の波にのまれている。衰退が進むこの町で唯一の不動産会社の「奥三河不動産」が2020年に開業した。経営するのは東栄町出身で、地方銀行の愛知銀行で頭取を務めた矢沢勝幸さん(72)だ。 奥三河不動産が取り扱う物件のほとんどは、東栄町や隣接する愛知県豊根村の空き家だ。矢沢さんは軽自動車で駆け回って空き家の状態を確認し、時には離れて暮らす持ち主を訪ねて法律上の問題などに対応。移住を希望する人と地元の人たちとの縁を結び、コミュニティーを復活させようと奮闘中だ。矢沢さんは経営の第一線を退いた後も、新たなやりがいを見つけて多忙な日々を送っている。(共同通信=千野真稔) ▽きっかけは母親の介護 矢沢さんが奥三河不動産を始めたのは、2019年6月に頭取を退任した後、東栄町の実家で暮らす母親が体調を崩したことがきっかけだった。もともと「銀行員を引退したら東栄町でボランティアをしようと思っていた」という。
母親を介護するため、東栄町と愛知県岩倉市の自宅とを車で約2時間かけて往復する日々を送っていたところ、人づてに「町が不動産を取り扱える人を探している」と聞いた。 約2800人が住む東栄町では、若い人が町から離れ、空き家の増加が深刻化していた。東栄町はホームページで町内の空き家を紹介し、補助金を出すなどして移住する人を募集していた。 矢沢さんが「私でも大丈夫ですか?」と町に問い合わせると「是非やってほしい」と二つ返事でお願いされた。矢沢さんは30代だったころ、不動産担保の評価といった融資実務に生かすため、宅地建物取引士の資格を取得しており、愛知県に登録していた。資格が有効であることを確認し、2020年10月に69歳で奥三河不動産を開業した。 ▽「全くの素人」から学び直し 奥三河不動産は東栄町の中心部にある。事務所の家賃は月額2万5千円。銀行員時代の取引先に依頼し、美容室だった物件を改装した。頭取時代には約1600人の従業員がいたが、奥三河不動産の従業員は矢沢さんの妻の道代さん(69)ただ一人。道代さんはホームページに載せる物件の間取りや広告の作成、経理を担っている。