地銀頭取の第二の人生は山あいの故郷で唯一の不動産屋 深刻化する空き家への移住を支援、「80歳までは続ける」
開業した当初は、東栄町がホームページに掲載している空き家の売り主と購入希望者の仲介役となった。売り主と買い手が決まった空き家を対象に、矢沢さんが現地で物件を確認した。だが宅建の資格を持っていたとはいえ、実際に不動産業を営むとなると勝手が分からない。「全くの素人」の状態から専門用語や法律を学び直した。 矢沢さんが取り扱うのは、売り主から依頼を受けた物件がほとんどだ。日中は、四輪駆動の軽自動車で東栄町の山道を運転し、隣接する市町村にも足を運んで物件の状態を確認している。これまでに190件ほどの相談があり、愛車の走行距離は年間2万キロを超えた。 次第に、空き家になっている物件や土地には問題が多いことが分かってきた。もともとの用途が農業の土地に家が建っていたり、登記されていない家があったりした。屋根の一部が他人の土地に架かってしまっている家もあった。矢沢さんは「物件の瑕疵に気づいた以上は『知らなかった』とは言えない。購入した人が後々まで困る」と考え、県外で暮らす空き家の持ち主を訪ねたり、物件の隣に住む人に直談判したりして、問題を一つずつ解決していった。
▽車庫がパン屋に、大学の課外授業の拠点も 矢沢さんによると、奥三河不動産で空き家を購入するのは、定年退職後の生活を田舎で送ったり、現在の住居と2拠点で暮らしたりする目的の人が多いという。子どもの教育を考えた時に自然が多い田舎に移り住みたいという人もいる。一方、空き家を売りに出すのは、両親が亡くなり、相続で受け継いだ家の管理に困っている人が大半だ。 「もしもし、矢沢ですけど。元気にしてる?」。東栄町に移り住んだ人に電話をかけるのも矢沢さんの日課だ。地域になじめているか、困りごとがないかを聞いて回る。 町には車庫を改装したパン屋がオープンし、大学の課外授業の拠点もできた。開業後の3年間で、空き家が地域のコミュニティーの場に生まれ変わるケースが少しずつ増えてきた。 ▽移住者がコミュニティーの中心に 伊藤徹さん(53)も隣接する浜松市から東栄町に移り住み、コミュニティーの中心になっている1人だ。「50歳を過ぎてセミリタイアを考えていた。好きなことをやって暮らそうと思っていた」という。そんな時に東栄町を観光で訪れ、雰囲気が気に入った。町のホームページで空き家が紹介されていると知り、2022年4月に奥三河不動産に電話をかけ、矢沢さんと一緒に物件を見て回った。 山あいにある現在の家の決め手は、水回りがきれいで、大きなリフォームをせずに住めることだった。妻の久美さん(51)は浜松市内で介護職をしている。通勤にかかる時間が40分ほどで、以前とほとんど変わらないことも購入を後押しした。