『ワンダンス』『スーパースターを唄って。』……マンガ×HIPHOP、ネクストブレイクを予感させる二作に注目
『スーパースターを唄って。』作者・薄場圭の日本語ラップへの敬愛と情熱
一方、HIPHOPマンガとしてある種正統な形でラッパーを主人公とする『スーパースターを唄って。』。芸人の千原ジュニア、漫画家の真造圭伍や堀越耕平、amazarashiの秋田ひろむなど、多彩な分野の著名人から熱い支持を受ける本作は、貧困と友情を描いたダウナーな空気も漂う一作となる。 親が残した借金のため、天涯孤独の身で薬の売人として生計を立てる少年・大路雪人と、彼の幼少期からの親友・益田メイジが今作のメインキャラクターだ。メイジもまた幼少期の家庭環境に難があり、彼の場合は亡くなった雪人の姉・桜子から貰ったジャンク品のサンプラーをきっかけに、先んじてビートメイクの道へ。そんなメイジが誕生日に贈ってくれた曲に感化され、これまで表現の道を拒んでいた雪人もラッパーへの道を志す、という物語である。 本作の大きな魅力は作品の随所から感じる、作者・薄場圭の日本語ラップへの確かな敬愛と情熱を感じる多彩なオマージュだ。それが顕著に表れている要素のひとつが、邦楽HIPHOPの曲題を元にして冠される各話のタイトルとなる。 たとえば、第一巻収録の第一話「Fate」、第二話「Shock Shock」、第三~五話「AME NI MO MAKEZ」、第六話「悪党の詩」。シーンに造詣の深いリスナーならすべて一発でピンとくるだろうが、これらにはANARCHY、Awich、THA BLUE HERB、D.Oの同名曲が存在する。さらにこの表題は各話の物語と楽曲の歌詞の内容に、明確な関連性をもって冠されている。元よりHIPHOPを好むならば、物語を読むうちに各話のイメージソングとして楽曲がサンプリングされているような感覚を抱く人も多いはずだ。 その他にも作中にはメイジを“第2のNujabes”と呼ぶシーンや、彼らのターニングポイントとなる場面には、ANARCHY「GROWTH」が登場。また過去の作者インタビューでも、物語の原案にSEEDA「花と雨」の存在があったこと、雪人のファッションにもHIPHOPカルチャーの背景を踏まえたオマージュ要素があることなどが語られている。 作者自身の見てきた光景を元とする、緻密で現実味のある貧困とゲットーな社会の描写。そして、破裂寸前の膨大なエネルギーを各々内に抱えたキャラクターたち。実在のHIPHOP楽曲の要素と同等に、それらもまた大勢を魅了する見どころでもある。単行本は現在3巻まで刊行中。今後の展開もまだまだ楽しみな期待作だ。 本稿で紹介した両作に共通するのは、従来HIPHOPという音楽にあるフリーダムさ以上に、登場人物たちの内向的な精神性とHIPHOPへの結び付きに焦点を当てた点だろう。それがおそらく、本来音楽自体への興味関心が薄い読者にも共感や高揚を呼び起こし、今まさに作品を起点とした大きな波を起こそうとしているのだと思う。カルチャーの枠を越えたブレイク前夜を迎える作品たちを、ぜひ音楽とも併せて楽しんでほしい。
曽我美なつ