AIの嘘に対抗できるのはAIだけ 「ネットのクソ化」と戦う世界のファクトチェッカーの秘策は
汚染源からの対策
プラットフォームのビジネスモデルとAI技術の発達によって「ネットのクソ化」が加速する中で、我々はどのような対策を取ることができるのか。 ファクトチェックだけでは不十分なのは明らかだ。AIで無尽蔵に偽・誤情報が生成され、拡散される状況で、個々に検証するだけでは追いつかない。 「情報生態系を汚染された川と考えてください。私たちは川から一杯の水を取り出し、浄化し、川に戻しています」(レッサ氏)。嘘や低品質の情報が溢れる大河に、少量のファクトチェックを何度戻したところで、大勢は変わらない。レッサ氏は「嘘の工場からの汚染を止めなければならない」と語る。 レッサ氏が指摘するのは、データやアルゴリズムや技術設計の透明性の重要さだ。「問題はコンテンツではない」「隣人がおかしなことを言っていたとしても、私は気にしない」とレッサ氏は言う。 問題は信頼性や正確性からはかけ離れたコンテンツが、プラットフォームの透明性の低いアルゴリズムによって、大量に拡散していることだ。 レッサ氏は対策として「教育」「立法」「テック企業の協力」を掲げる。教育とは、ファクトチェックやメディア情報リテラシーの普及だ。世界中の多くのファクトチェック団体が、自分たちの検証の実践的な経験を元にした教育活動にも取り組んでいる。 レッサ氏はファクトチェック団体や活動へのテック企業の資金提供への感謝の言葉を繰り返した。一方で、彼女の演説中、最も会場が盛り上がったのは「ファクトチェックに資金を提供してくれてありがとう。でも、正直に言って、あなたたちは自分たちでファクトチェックすることから距離をおきたかっただけです」と厳しく指摘した瞬間だった。
記者の視点:古田大輔
ネット上の偽情報問題に早くから取り組んできたBuzzFeedの日本版編集長として、私がファクトチェックを始めたのは2016年。あれから8年、状況は確実に悪化している。まさに「ネットのクソ化」だ。 日本においてはX(旧Twitter)上での偽・誤情報の拡散が主に指摘されてきたが、問題はそこに止まらない。YouTube、TikTok、ニコニコ動画のような動画プラットフォーム、LINEオープンチャットやTeleglamなどのメッセージアプリ、あらゆるところで低品質な情報が溢れかえっている。 NHKは独自調査で「TikTokに溢れる誤情報の総再生数が3億回超」と報じた。誤情報を一つずつ拾い上げて調べた労作だが、それでも氷山の一角だろう。これらのプラットフォームを包括的に調査するのは、非常に困難だ。 「ネット上の偽情報の影響力は限られているのでは」という指摘もある。しかし、JFCとグロコムによる2万人調査以外にも、誤った情報を事実と受け止めてしまう人たちが少なからずいることは、多くの調査で示されている。「クソ化」が進めばその傾向は悪化する一方だ。 私は複数の大学で非常勤講師をしている。SNSで「ニュース」を見ている大学生の感覚には驚かされる。「ネットに地震兵器について書いてあったんですが、本当ですか?」と典型的な陰謀論である人工地震について質問してくる学生たちは、全く珍しくない。 地球温暖化を考えてみて欲しい。世界中の気候専門家たちによる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2023年3月に出した統合報告書は、人間活動の地球温暖化への影響は「疑う余地がない」と明言した。6次にわたる報告書の中で、科学的なデータを積み重ねて少しづつ確証的な文言になった。 一方で、確実なデータが積み上がる前から地球温暖化への対策は取られてきた。そうしないと間に合わないからだ。「対策を取るために十分なデータが整うまでは、世界が滅んだとしても何もしない」というわけにはいかない。 対策を取らなければ偽・誤情報がさらに拡散するのは明らかだ。これ以上、取り組みが遅れれば、取り返しのつかない状況になるのではないか。例えば、選挙の結果を受け入れない人たちが暴動を起こすような。 ファクトチェックだけでなく、教育や技術開発やルール制定などが必要であるということは、レッサ氏だけでなく、私も常々指摘してきた。 そのためには組織や業界の枠を超えたマルチステークホルダーによる協力が不可欠だ。日本はそれが非常に弱い。業界を超えた協力どころか、各業界内の協力すらおぼつかないのが実情だ。 フィリピンでは2022年5月の大統領選挙に際し、レッサ氏が率いるラプラーを含む150の組織が連帯してファクトチェックに取り組んだ。アジアだけを見ても、こう言った組織間の協力は韓国、台湾、マレーシア、インドネシアなど各国に広がる。欧州、アフリカ、アラブ、北米、南米も同様だ。筆者は国際イベントに参加するたびに「なぜ、日本の組織はお互いに協力しないのか」と質問を受けるほどだ。 (ちなみに各国の団体で路線や考え方の違いで、実はそれほど仲が良くないという話はよく耳にする。しかし、それとより良い情報生態系のために協力することは別の話だ) 建前でも、青臭い理想論でもなく、私たちはクソではない情報生態系と民主主義のために戦っている。 レッサ氏は「ネットのクソ化」の震源地であり、ファクトチェックのスポンサーでもある大手プラットフォームを「フレネミー(frienemy=友であり、敵である)」と呼んだ。 ある部分で意見が異なっても、この目的のために仲間になれる人は多いはずだ。レッサ氏は、こう呼びかけていた。 「一緒に戦いませんか?子供たちのためにより良い世界を築きませんか?」