「AIと人間」の関係は「勝ち負け」しかないのだろうか?…〈短歌AI〉の取り組みから見えてきた「勝ち負け」にこだわらない「付き合い方」
壁打ち相手になってくれたら
これまで文化部とともに行った歌人への取材では、AIと結べるかもしれない新たな「付き合い方」の可能性を、実作者の目線から考える機会を得ています。俵万智さんへの取材では、短歌AIが高速に大量の短歌を生成できるという点に驚かれ、一つの「付き合い方」を提示するような話題になりました。それは「壁打ち相手としてはいいかもしれない」という言葉です。永田和宏さんへの取材でも、「例えば上の句で筆が止まっている時に、AIに提案してもらった言葉を発展させて下の句を付けるという使い方は、認めてもいいのかもしれない」と、俵さん同様、壁打ち相手としてのAIの可能性が指摘されました。 これはどういうことでしょうか。例えばあなたにはいま、どうしても完成しない書きかけの歌があって、悩んでいるとします。そんな時に、AIにその書きかけの歌を入力し、続く内容を大量に生成させます。AIですから、何度お願いしても、いつお願いしても、嫌な顔をせず淡々と生成することが可能でしょう。そこで得られる大量の歌をあなたは見ながら、ああでもないこうでもないと考えて、「ほんとうに詠 ( うた ) いたかった言葉」を探せるのではないか、ということです。試しに、やってみましょう。例えば私が、「言葉だけを学習している言語モデル」に関する歌をつくってみようと考えているとします。上の句……これがいい上の句かはよくわかりませんが、「文字だけを辿った先にみえたのは」こんな上の句を考えました。何が見えたのでしょうか。例えば「紫に咲く向日葵 ( ひまわり ) の庭」とか、現実世界にはあり得ないような風景が続けば、言語モデルらしい気もします(あとで調べたところ、紫の向日葵というのは実際にあるそうです)。 しかし、この「見えたもの」はなんでもよい、といえば無責任ですが、ここにはとても自由な想像の幅があるでしょう。そこで、言語モデルにたくさんの歌を生成させながら、壁打ち相手になってもらいましょう。 なお、ここで利用する言語モデルは、ウィキペディア日本語版から抽出した擬似短歌を学習した短歌AIです。『AIは短歌をどう詠むか』第4章で見たように、さまざまにパラメータを変化させながらの生成を試しています。 ---------- 入力 文字だけを辿った先にみえたのは(上の句) 生成 (下の句) 文字だけを辿った先にみえたのは神秘の森の一部であった 文字だけを辿った先にみえたのは仮想世界のほんとうの城 文字だけを辿った先にみえたのは夢と不思議にうまれた都々逸 文字だけを辿った先にみえたのは銀河鉄道本線の上 文字だけを辿った先にみえたのは恐ろしい過去再生の淵 文字だけを辿った先にみえたのは魔術師らしき影が輝く 文字だけを辿った先にみえたのは神のごとくの神殿であり 文字だけを辿った先にみえたのは廃墟と化した駅ビルだった 文字だけを辿った先にみえたのは神秘の島が広がっていた 文字だけを辿った先にみえたのは魔術師ギルド秘密事務局 文字だけを辿った先にみえたのは惑星サイズの電子レンジ 文字だけを辿った先にみえたのは銀河の落下襲来だった 文字だけを辿った先にみえたのは深い森の色を染める草 文字だけを辿った先にみえたのは神秘の部屋の鏡であった 文字だけを辿った先にみえたのは夢のまっかな眠る黄海 文字だけを辿った先にみえたのは青っぽい土の中に白髪 文字だけを辿った先にみえたのは仮想世界エルパコだったが ---------- いかがでしょうか。「銀河鉄道本線の上」「魔術師ギルド秘密事務局」「惑星サイズの電子レンジ」「青っぽい土の中に白髪」……、さまざまなイメージが一挙に提示されました。これらこそ、「文字だけを辿った先にみえた」ものという気もしてきますが……さらに、生成を続けてみましょう。 ---------- 文字だけを辿った先にみえたのはもう限界の空間だった 文字だけを辿った先にみえたのは遠い過去への約束だった 文字だけを辿った先にみえたのは恐怖だったが現実だった 文字だけを辿った先にみえたのはもう今もなく雨のみの夜 文字だけを辿った先にみえたのはもう今のわたしたちではなく ---------- 「もう限界の空間」「恐怖だったが現実」「もう今のわたしたちではなく」……、先ほどのような具体的な「もの」ではなく、もう少し概念的な内容が出てきました。 「遠い過去への約束だった」はなかでも目を引きます。確かに、言語モデルが学んでいるのは、私たちが過去に蓄積してきたテキストデータです。その過去から導かれる内容は、「過去への約束」という表現を用いても良いのかもしれません。 そこで、「文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった」と続くようにしてみました。過去のテキストデータでつくった、私たちの世界そのもの、といった内容の短歌はありえるかも、と想像しながら、続きを考えていきましょう。最初に頭の中にあった「紫に咲く向日葵の庭」から、ずいぶん遠くへ来たように感じます。 ここからまた、言語モデルと壁打ちをしてみます。 ---------- 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった安っぽい城 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった歴史であった 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった世界であった 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった架空の政府 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった罪や罰たち 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった過去の自分に 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくったつくり笑顔や 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくったダムの正体 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった罪の無い愛 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった自分の理想 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった最後の願い 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくったゲームデザイン 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった自分の名前 文字だけを辿った先にみえたのは過去につくった自分の手と影 ---------- 「つくり笑顔や」「罪の無い愛」「最後の願い」という表現は、生成する前に想像していた「私たちの世界そのもの」と距離の遠い、私の頭になかった言葉です。 ここで私は「自分の手と影」という表現に引っかかりました。「身体」について描写しているのに意外な感じがしたからでしょうか。しかしよく考えてみると、学習データとなるテキストデータは、そのほとんどが人の手によって書かれた/入力された文字列であると気づきます。そこから、たくさんの人の手の痕跡、といったイメージを結ぶのはどうかと考えました。そしてできたのが、次の歌です。 ---------- 文字だけを辿った先にみえたのは指紋の指紋 あなたのもある ---------- 私たちの残した言葉のあつまりが言語モデルをつくっていて、そのなかにはこの歌に触れるあなたのものもある、ということを、体の残す跡=指紋と結びつけて表した歌になりました。 最初につくった「文字だけを辿った先にみえたのは紫に咲く向日葵の庭」とどちらがいいか、についてはここでは問題にしません。ここで重要となるのは、このようにして言語モデルと「壁打ち相手」として付き合うことで、私の最初に想像していたものから、遠く離れた印象を持つ歌に行き着くことができたという点です。 永田さんは取材で、「歌をつくる前はこう思っていたけど、歌をつくるプロセスでこうも思ったんだという自分の発見があって。これはすごく大事なことだと言い続けてきた。そうした言葉をAIが見つけてくれようと自分で見つけようと、本質は変わらないのかもしれない」と発言しています。 これは、創作において手を動かす前に考えていたことと最終的な作品との間に生まれる差異を許容することの重要性を語ったものだと思います。頭だけではなく、手だけでもなく、別の知能との対話を通して、歌をつくる前の〈私〉とつくった後の〈私〉とで違いを生んでいく、そんな「付き合い方」の可能性を感じます。
浦川 通