気候変動による保険損失が90兆円規模に増加、懸念される「破滅的な循環」
気候変動で金融的・社会的不安定性を増大。それがさらなる気候対策の迅速な実行を妨げ、結果的に気候変動を悪化させる
■破滅的な循環(Doom Loop) この報告書を歓迎する声として、英国拠点のStrategic Climate Risks Initiative(戦略的気候リスク・イニシアティブ)のディレクターであるロウリー・レイボーンは、記者の取材に応え、次のように述べている。 「気候変動は保険業界にとって存亡をかけたリスクであり、もし生き残りたいのであれば変革が必要です。保険への影響は増大し続けており、現在の保険制度はこの変化に対応できていません。このままでは状況がさらに悪化するだけです。すでに一部地域では、政府が介入しなければ保険が成立しなくなりつつあります」 レイボーンによれば、最近の米国や英国での極端な気象現象は、保険セクターが気候リスクに対してきわめて脆弱なことを浮き彫りにしているという。企業が依然として利益を確保する一方、損失は国家によって埋め合わされる傾向が強まっている状況を踏まえ、彼はこう述べる。 「フロリダでは洪水保険が後退する一方で、政府は何をどう補償するかという難しい判断を迫られています。同様に英国では、深刻な洪水被害を受けて、民間市場では実質的に保険契約が不可能な地域を対象とした、政府支援の再保険制度『Flood Re』が設けられました」 レイボーンは、こうした事態が「Doom Loop(破滅的な循環)」を引き起こす恐れがあると警告する。すなわち、気候変動が金融的・社会的不安定性を増大させ、それがさらなる気候対策の迅速な実行を妨げ、結果的に気候変動を悪化させる悪循環である。 「状況が不安定化しても、脱炭素化に専念し続けるために、私たちはより強靭なシステムを確立する必要があります」 ■7項目の行動計画 インシュア・アワ・フューチャーの報告書は、地域社会の保護と保険業界の将来を担保するために、政府が取るべき7つの政策行動を提言している。 1. 気候リスクを監督基準および資本基準に組み込み、予防的な対応を行う 2. 保険会社の気候リスク管理と対応策を監視し、保険引受の安全・健全性および補償能力を確保する 3. 公正なリスクおよびコストの分配を支える政策を導入し、個人や地域コミュニティが自ら関与していないリスクやコストを押し付けられないようにする 4. 物理的リスクや移行リスク(脱炭素移行中のリスク)、投資ポートフォリオ構成、保険アクセス状況、化石燃料拡大案件の引受状況などの包括的・正確なデータ開示を保険会社に義務付ける 5. ティッピング・ポイント(気候システムが不可逆的変化を起こす臨界点)を含む、気候関連リスクの複雑性を的確に反映する科学的信頼性の高い気候シナリオ分析を義務付ける 6. 温暖化を1.5度以内(可能な限り小さい超過で抑える)に維持する移行シナリオに基づき、1.5度目標と整合する転換計画を策定・実行・開示するよう保険会社に要求する 7. 化石燃料関与リスク(化石燃料エクスポージャー)に対してより高い資本要件を課すことで、保険会社自身の安全・健全性を確保し、金融システム全体へのリスクを低減する
David Vetter