【前編】学習障害の息子が慶応に合格、母が直面した「学ぶ機会の確保」の過酷な現実
早めの支援で「学力を積み上げる」重要性
また、LDは早い段階で気づいて支援につなげることが大切だと史子さんは言う。低学年で気づいても「様子を見ましょう」と言われ、そのまま時間が過ぎていくことがよくあるからだ。 「今の社会や学校はすべて文字言語がベースになっていますから、考える力があっても読み書きができないとわからないことが増え、小学校の高学年にもなるとかなり苦しい状況に置かれます。聴覚を通じた理解力はかなり高いのに、学力の積み上げができていないことで、WISKなどの知能検査では知的障害領域と判断されてしまう子も。そのため、早い段階からICTを活用して学ぶ力を身に付けさせてあげることが非常に大切になります」 適切な支援や合理的配慮が受けられずに学力の積み上げができないと、「自分はできない子なのだ」と心に傷がついてしまう。それが最も問題だと史子さんは指摘する。 「LDの子どもたちは心が折れてしまっているケースが多く、私たち読み書き配慮は心の立て直しを活動の第一義としています。今は、社会に出ればパソコンを使いますから、心を立て直すことができればその先の人生は何とかやっていけます。学校の先生方には、まずはLDについて知ってもらい、ご自身で配慮を判断していただけるとありがたいですね。担任の先生が『校長に確認します』、校長が『教育委員会に確認します』、教育委員会が『前例がないか調べます』と次々と投げてしまい、時間だけが過ぎていく事態は避けたいもの。実際、担任の先生が判断して校長やほかの先生とうまくつなげてくださるケースは、合理的配慮が実現しやすいです」
合理的配慮とは、スタート地点に立てるようにすること
文部科学省はLDをはじめ障害のある児童生徒の教育支援体制の整備を推進してきた。障害者差別解消法が施行された2016年には行政や公立学校で合理的配慮の提供が義務化され、2024年4月1日からは私立学校を含む事業者においても同じく義務化された。しかし、現場の理解が追い付いていない現状がある。 「この4月以降も、LD当事者とその保護者から『私立学校の説明会で“合理的配慮はできない”と言われました』という声が届いています。また、合理的配慮をしますと言われたのに、いざ入学したら対応してもらえないケースも。そうした学校は、合理的配慮を点数交渉と誤解されているのかもしれません。合理的配慮とは受験の合格点を変えることではなく、スタート地点に立てるようにすることです。LD当事者が学びでICTを使うのは、裸眼で見えにくい人がメガネを使うのと同じ。大学入学共通テストでも、問題文の読み上げやパソコン・タブレット端末の利用は受験上の配慮事項として明記されています」 史子さんは、働き手が少なくなっている時代の流れからしても、1人ひとりの学びの保障は重要だと強調する。 「これからは、AIや機械なども活用しながら、みんなが活躍しなければいけない時代で、1人ひとりの能力を磨いておかなければ社会が成立しません。そのためにも、学びを保障し、子どもたちそれぞれのよいところを見出してあげることが大切ではないでしょうか」 子どもたち1人ひとりが学びを深め、自身の可能性を認識して人生を切り開いていく。そのために必要な教育や支援とは何か、学校現場は今、改めて考える必要がありそうだ。 (文:吉田渓、注記のない写真:菊田史子さん提供) 関連記事 「80倍楽になった」iPadとの出合い、文字が書けない慶応生が語る「合理的配慮」
東洋経済education × ICT編集部