豪雨の中、子牛生まれた 珠洲・松田牧場本社記者ルポ 「もう1度」新たな命に希望
●二重被災も「畜産守る」 奥能登を襲った豪雨は、畜産業にも大きな打撃を与えている。珠洲市唐笠町の松田牧場を訪ねると、元日の地震に続き再び断水に見舞われており、二重被災の窮状が痛いほど伝わってきた。停電は長引き、餌の確保も支障が出ている。それでも牧場では豪雨の当日、新たに子牛1頭が誕生した。経営者は新たな命に希望を見いだし、能登の畜産業を守るため前を向こうとしている。(経済部・松元友樹) ●長引く停電、再び断水「とにかく水が必要」 「とにかく今は水が足りない。何とか早く直してほしい」。牧場を経営する松田徹郎さん(35)が声を振り絞る。 ●1日に飲み水8トン 松田牧場では乳牛40頭のほか、能登牛の母牛である黒毛和牛や子牛を合わせて約120頭を4棟の牛舎で飼育する。これだけの牛を育てるのに必要な飲み水は1日当たり約8トン。断水中の現在は、松田さんが湧き水をくみに約1キロの道のりを何度も車で往復している。 牧場は地震で地中の水道管が破損して断水した。その後、地上に配水管を敷設して復旧したところに今回の豪雨による土砂に覆われ、再び断水した。復旧のめどは立っていない。 水だけでなく、餌の確保にも支障が出ている。牧草地に続く道は地震で地割れが発生し、ようやく復旧を終えたと思ったところに豪雨の土砂崩れでまた通行できなくなってしまった。 本来であれば、この時期は牧草を収穫し終え、来年に向けて種をまく必要があるというが、その作業もままならない。松田さんは「このままでは、来年の餌が足りなくなる」と危機感を募らせる。 停電は地震後から長引いており、機械による搾乳ができないため、3分の1の乳牛が乳房炎に感染してしまった。生乳の出荷は1日当たり約300リットルと本来の3分の1にとどまっている。 ●黒毛和牛の1頭 苦境が続く中、子牛の誕生が一筋の希望になっている。猛烈な雨が牛舎をたたきつけた9月21日の昼ごろ、黒毛和牛の子牛1頭が生まれた。 「母牛はかなりストレスを感じていたかもしれないが、よく無事で生まれてくれた」と松田さん。子牛は将来的にはブランド牛の「能登牛」として出荷される可能性もあり、新たな命を大切に育てる決意を新たにしている。 牧場には豪雨後、災害ボランティアが駆け付け、倒木の伐採などに励んでいる。「たくさんの温かい支援を感じた。おいしい牛乳や肉を待ってくれている人がいる。能登の畜産を守るためにできることを頑張りたい」。生まれたばかりの子牛をなでながら松田さんが決意を口にすると、その言葉に反応するように、周囲から牛の鳴き声が響いた。