訴訟の可能性も…「退職代行」で会社を辞める新入社員が知らないうちに背負っている「大きなリスク」
上司と話すのは「コスト」
退職代行大手「モームリ」代表の谷本慎二氏はこう語る。 「弊社ではこれまで1万人以上の退職を代行してきました。いままでは月に200~700人程度の依頼数でしたが、この4月は約1400人と、以前の倍以上に急増しています。さらに、5月に入ってからは五月病もあってか、ゴールデンウィーク明けの段階で1000人を超えました」 もちろん、利用者は前出の伊藤さんのように、「なんとなく辞めたい」という若者だけではない。理不尽な激務・薄給に苦しんでいる人や、病気などのっぴきならない事情を抱えた人もいる。 「たとえばきついノルマや上司からのパワハラに苦しんでいたり、あるいは看護師や介護士などの方で、勤務時間や夜勤が多すぎる、などの理由で辞める方もいらっしゃいます」(谷本氏) だが中には、「辞める理由がはっきりしない人もいるのが実情」だという。 退職代行業者がこれほど盛況となっているのは、上司、つまり昭和世代と、若者たちの間に「絶望的なまでの価値観のズレ」が生じているためだ。 金沢大学教授で『静かに退職する若者たち』(PHP研究所)などの著書がある金間大介氏が言う。 「そもそも今の若者は上司等とのコミュニケーションを『コスト』と捉えています。ましてや、『まずは3年』と言ってきかない上司に『あなたの考えは、私には合っていません』と伝える労力はムダでしかない。 どうせ辞めるのなら、退職を伝える時に発生する説得や説教をあらかじめ回避したほうが、お互い時間を失わなくて済むじゃないか。そういうふうにも考えるのです」
会社から訴えられることも
かつては、就職とは人生を会社に預けることと同義だった。一生を捧げる代わりに、一生面倒を見てもらう―。ところが、日本が経済大国の座から滑り落ちつつあるいまはそうではない。若者たちは安月給で会社に尽くすことも、上司にへつらうことも、「割に合わないバカバカしい行為」としか思っていない。だからこそ、顔も合わせず退職できる代行業者をこぞって利用しているのだ。 だが彼らは、知らず知らず大きなリスクを背負っていることに気づいていない。佐藤みのり法律事務所代表弁護士の佐藤みのり氏はこう警告する。 「依頼者の退職の意思を会社に通知するだけであれば問題ないのですが、退職日の確定や引き継ぎ、退職金の支払い、残業代、有給の消化など、会社とやり取りが発生する場合は『交渉』にあたります。これを弁護士ではない人がやると『弁護士法第72条』が禁止している『非弁行為』に該当し、2年以下の懲役または300万円以下の罰金となります」 依頼者に罰則はないものの、会社が退職代行業者を非弁行為で訴えた場合、退職通知は無効となることも。そうなると、退職できないまま非弁行為を巡る争いの結果を待つこととなり、いつまでも会社を辞められない。 「さらに、会社貸与のパソコンを家に持ち帰ったままだったり、重要な書類を自宅に保管したりした状態で退職代行を使って退職してしまうと、後に損害賠償請求の対象となり、会社から訴えられる可能性もあります」 いくら時代が変わっても、世の中そんなに甘くはない。お客様気分で会社を「返品」したがる若者に明るい未来が待っているとは思えないのだが。 「週刊現代」2024年6月1日号より
週刊現代(講談社)