日ソ合作の大作「オーロラの下で」に主演するも映画俳優としての出世作にはならなかった【役所広司論/金澤誠】
【役所広司論】#4 1990年、役所広司は後藤俊夫監督による日本とソ連の合作「オーロラの下で」に主演する。これは当時の東映、岡田茂社長が8年がかりでクランクインまでこぎつけた大作。1925年のアラスカで、1000キロ以上離れた場所へ犬ぞりでジフテリアの血清を5日半で届けた実話を、舞台をシベリアに変えて映画化したものである。犬ぞりの犬たちをシベリア狼にしたところがポイントで、作品に使える狼探しや調教に時間がかかり、製作は難航を極めた。 【写真】ヴィム・ヴェンダース監督(左)と役所広司=カンヌ国際映画祭 撮影は88年5月からクランクインし、90年の2月にクランクアップしたが、ソ連ロケでは雪不足で1年撮影が延びたり、シベリアでは氷点下40度にもなる過酷な環境の中での撮影で、思うように製作は進まなかった。そんな中でも役所は1日6時間の猛特訓を受けて犬ぞりの操作を6日間で覚え、他のスタッフには懐かなかったシベリア狼と犬の混血種の“狼犬”とも仲良くなり、撮影をこなしていった。90年8月に公開されたこの映画は配給収入11億円という結果で、当初の直接製作費の予算が10億円だったことを思えば、興行的に成功とは言えない。翌年の日本アカデミー賞で役所は初めて優秀主演男優賞を受賞したが、この主演第2作は映画俳優として出世作にはならなかった。 「アナザー・ウェイ D機関情報」(88年)にしても、「オーロラの下で」にしても器は大きい作品だが、いまひとつ結果が伴わない。映画で伸び悩んでいたこの時期、彼は一人のテレビ演出家と出会う。それが読売テレビで“芸術祭男”の異名を取っていた鶴橋康夫である。鶴橋はがんを宣告された夫に愛人がいたことを知り、苦悩する主婦を描いた「かげろうの死」(81年・日本テレビ系)や、子供が産めないことでアルコール中毒になった主婦が殺人を犯す「非行主婦」(82年・日本テレビ系)、レズビアンの愛人を殺してその肉を食べた女性死刑囚を描く「魔性」(84年・日本テレビ系)など、80年代に浅丘ルリ子主演で人間の暗部をえぐり出した社会派作品を作ってきた演出家。その彼が、野沢尚脚本の「愛の世界」(90年・読売テレビ系)で役所を起用したのである。 この作品は大竹しのぶ扮する男社会の中で壁に突き当たっていた女性新聞記者が、ある特集記事で注目を集め、記者クラブの連盟賞を受賞するが、この記事に捏造の疑惑が出る。役所は捏造の事実を突き止めようとする、ヒロインの元恋人でもある記者役で、男と女、ジャーナリストとしてのモラルと名誉欲との間で揺れる、2人の関係をシビアに描いたものだ。鶴橋監督は一つの場面でアングルを変えて4つのパターンを撮る。監督は「視聴者と相手役、監督に向けてと、映像の神様に向けて4つ映像を撮る」と言っているが、役所はそんな撮り方をする演出家は初めてで、何度も同じ場面を演じているうちに、余分な力が抜けて自分が自由になっていく感じがしたという。この鶴橋監督独特の演出によって、役所広司は違った側面を見せるのである。 (映画ライター・金澤誠)