私たちには「資本主義の道しかない」は本当なのか
グレーバーが示した「もう一つの道」
かれの死は、そんな未到の高みにまで上昇していく知的冒険の只中のものだった。 その死を悼む声は世界中から響いてくる。研究者のみならずかれに接してきた世界中の闘う人々からである。かれの知的活動は「この道(資本主義)しかない」というポスト冷戦イデオロギーに断固として抗い、人類のもつはてしない可能性を開いてみせるものだった。かれの仕事に専門領域を超えた普遍性を与えていたのは、その可能性への確信だったことはまちがいない。 その早逝がアカデミズム内外の人々にショックを与えている理由のひとつは、かれが「これからはじまる時代」の人だったことである。かれは、崩壊しつつあるこの世界の行く末にわたしたちが慄くなかで、広大な視野と強靱な知性の裏づけをもって楽天的に来るべき世界の礎をこつこつと築いていた。その途上だったのである。 それでも、かれの教えてくれたものは多くの人の胸に残った。いつだって目を見開いて、この世界にひしめく可能性をみつめてみることが大切だということ。だれも暴力をもって服従を強いられることなく、対等に、たがいを尊重して生きられる自由な世界、そんな「もう一つの世界は可能だ」ということ。それである。 つづく「なぜ「1日4時間労働」は実現しないのか…世界を覆う「クソどうでもいい仕事」という病」では、自分が意味のない仕事をやっていることに気づき、苦しんでいるが、社会ではムダで無意味な仕事が増殖している実態について深く分析する。
酒井 隆史(大阪公立大学教授)