「なぜ」問い続けた9年 納得のいく理由が分からないまま、喪失感と闘う 妻子3人を失った男性 情報発信の必要性を訴え
2015年9月、埼玉県熊谷市でペルー国籍の男(39)=強盗殺人罪などで無期懲役=に男女6人が殺害された事件から16日で9年。妻子3人を殺害された遺族の加藤裕希さん(51)は、県警が事件直前に不審者の逃走を住民に知らせなかったなどとして、県(県警)を相手取り国家賠償請求訴訟を提起したが、昨年6月の控訴審判決は一審を支持し訴えを退けた。「なぜ情報発信がなかったのか」。今でも納得のいく理由が分からないまま、最愛の家族を亡くした喪失感と闘っている。 闘えば闘うだけ…妻子3人奪われた男性、積もる苦しさ 最高裁へ「最後までやりきる」
加藤さん側が県警の不適切な対応と指摘するのは、15年9月14日に起きた夫婦殺人事件の参考人として全国手配された男の不審者情報が住民に知らされなかったことだ。 13日午後、「日本語で『ポリスに電話して』と話す外国人がいる」という通報を受けた警察官が事情を聴くために男を熊谷署へ移送。男はその後、署の敷地内にある喫煙場所から走り出し、署付近の住宅2軒の敷地内に侵入していたが、一連の情報に関する発信はなかった。妻の美和子さん(41)、長女美咲さん(10)、次女春花さん(7)=いずれも当時=は逃走から3日後の16日に自宅で殺害された。 国賠訴訟で、22年4月の一審さいたま地裁判決は「県警に情報提供の義務があったと認められない」と退け、昨年6月の二審東京高裁判決も地裁判決を支持。加藤さん側は同年7月、最高裁に上告した。 上告の理由書では、県警が運用するメールマガジンなどでの情報発信について、「(事件が発生した15年の)9月だけを見ても、忍び込み、車上荒らし、不審者、強盗など、あらゆる種類の犯罪が山のように掲載されている」と指摘。男が加藤さんの家族を殺害する前に起こしていた別事件に関する情報などが掲載されていなかったことを挙げ、合理性に欠けるとしている。
上告審では判断を変更する場合、最高裁が弁論を開くとされている。加藤さん側は最高裁の判断を1年以上待ち続けている。 ◇ 「今は一日を乗り切るのが精いっぱいで、こんなにも事件から時間が経過した実感がない。日々を消費している感覚がある」。事件から9年を前に、加藤さんは取材に応じた。訴えは一審、二審と退けられ心身ともに疲弊しているが、たびたび寄せられる温かい声が心の支えになっているという。もしあの時に情報発信があれば、家族が被害に遭うことはなかったのではないか―。「なんで」「どうして」という疑問はこれまでの判決では言及されておらず、司法に対する怒りも絶えない。 国賠訴訟を担当する高橋正人弁護士(67)は、警察法で定められている警察官の責務について「犯罪捜査や被疑者の逮捕よりも先に言及されているのは予防」とした上で「この事件から学び、警察は予防にもっと重きを置いた活動をしてほしい」と訴える。